登場する人
速水 至
32歳
市田 みのり
25歳
会社じゃ、
「速水さん」「市田」
でもふたりっきりなら………いいえ、違いました。
ふたりっきり“でも”
「速水さん」「市田」
ちゃんと私たちカップルに見えてる?
年の差を埋めたいよ
目次
・プロローグ
・グリーン
一緒の帰り道
秘密の初デート
※他サイト様でも掲載中
プロローグ
「じゃぁやっと付き合うことになったんだー!よかったじゃん!
おめでとう、みのり!」
「ありがとう。」
電話口の向こう、私のことのように喜んでくれている電話友達の遥にお礼を告げる。
そう言ってもなお、キャーキャー彼女は一人で騒いでいるんだから、おおげさだよと私は諫めた。
「だってようやく素直になれたんでしょ?
速水さん相手にさ。」
「…うん。」
「付き合うまでにかかった時間とか、やり取りとか聞いてる私からしたら奇跡みたいなんだもーん。」
「まぁ……ね。」
速水さんの、彼女なんだもんなぁ。
ちらりと私はチェスト上に置いている、小さな卓上カレンダーで日付を確認した。
会社の給湯室で彼に好きだと白状してから約一週間。
あの速水さんと付き合うことになったなんて、今でも不思議な感じ。
ある日突然給湯室で告白されて、それから関わるようになって
―――だけど最初は、社内で人気の速水さんがなんで私のこと!?ってひどく戸惑ったんだよね。
告白されるまであんまり話したこともなかったしさ。
告白されてからも、なにかと速水さんからかってきてばっかだったから、
告白は間違いだったんじゃないかって思ったこともある。
でもみんなで飲んだり、ふたりだけで飲んだり、
彼の家に泊まったりして(これは今思えばすごいこと!)
速水さんが私のことを大切に思ってくれてるって分かったから、
私もどんどんどんどん惹かれていって―――…
「みのりー?」
「あぁ、ごめん。ちょっと考え事してた。」
「電話してる時に急に黙らないでくださいよ。」
「ごめんなさーい。」
速水さんのこと考えてたなんて、恥ずかしいから遥にも言えないね。
「で?初デートの約束はもうしたの?」
興味津々とばかりに彼女はぐいっと踏み込んできた。
「んーまぁ…。付き合うことになった日一緒に帰ったから、その時にちょこっとだけ。」
「いい感じじゃん!」
「私たち8月から11月は繁忙期だから、今のうちにデートしとうこうって速水さんが。」
「あ、そっかー。みのりいつもそこ特に忙しそうだもんね。」
「うん。」
新商品のイベントなど、春に向けて企業様からご依頼を受けさせていただく機会が
その期間中本当に多い――今年も忙しそうだなぁ。
あと3か月ほどで来る繁忙期に、私の頭は若干苦しめられた。
「まぁまだ、デートの内容とか詳しいことは決めてないんだけどね。」
「早く決めちゃいなさいよ。」
「はーい。」
最低手つなぐのよ!などとその後もいろいろ小言をいわれつつ、
明日からまた仕事が始まるので、そこで私たちは電話を止めた。
グリーン
緑色:
新鮮な気分になりたいとき。
周囲から慕われやすくなる――恋愛運、人気運、社交運をあげてくれる色。
+
一緒の帰り道
週末明けの次の日の朝、普段通りの時刻で私は家を出る。
会社まで約20分。
いつにも増して眠気を感じるのは、当然のことながら昨日した遥との電話のせいだろう、
会社までの道中こぼれる欠伸の大きさも数もおかしかった。
着くとすれ違う人皆に挨拶をこぼしながら、羽織っていた上着を脱ぎ椅子に掛ける。
「市田、鞄置いたらあとで来てくれる?」
「はい。」
するとすぐにそう声をかけてきた上司の長嶋さん。
朝から忙しくしているのか、既に手元へたくさんの書類を抱えオフィスルームを歩きまわっている。
待たすのが悪いと思った私は、鞄を置いてすぐに彼の下へ駆け寄った。
そうして「はいこれ」と手渡されたのはA4サイズの見覚えのある書類の束。
そこに真四角の大きな付箋が見えるだけでも3つは付いてて、
長嶋さんは特に何も言ってくれないけどそれが私に何をすべきなのか教えてくれている。
まぁ要するに―――企画書を見直せってこと……はぁ。
「あ、あとこれみんなに配ってほしんだけど。」
「は、はい。」
続けて渡してきたのは、10枚ほどに束ねられた先ほどのよりも小さめのB5サイズの用紙。
付箋はないが代わりにアンケートと上部に題して、お利口に数字がいくつか並んでいる。
けど社内アンケートなんて珍しい…というかそんなもの見たことなくって
「3年ごとに社内旅行あるの、市田知ってる?」
そんな戸惑った私に気づいたのか、長嶋さんはそれが何か教えてくれ始めた。
「あ、えっとちらっとどこかで聞いたような。」
確か福利厚生の一部で、3年ごとに会社全体で旅行を行うんじゃなかったかな?
「うん、それのアンケート。
どんぐらい参加するかーとか、どこに行きたいとか希望あるかみたいな。
まぁあんまり採用された試しなくて、結局毎年定番の温泉なんだけど。」
彼はアンケート用紙を苦く見つめた。
「市田温泉好き?」
「うーん、そうですね…。」
子供のころ家族で行ってたきりだと思うけど、妙にお風呂上がりに飲んだ牛乳のことが印象ぶかいっけか。
「でも大人になってからは一回も行けてないんですけどね。」
それこそ遥と行ったりだってしたいけど、休みの予定を合わせる大仕事の前に断念しちゃってる。
「まぁ若干面倒だけどさ、ほかの部署との交流もできて勉強になるよ。」
旅行の予定は12月だから、まだまだだけどと最後彼はつけたした。
+
それからアンケートを部署の全員に配り、回収を夕方に持ち越すと、
一枚なぜか余ったアンケート用紙をデスクの引き出しにとりあえず片す。
そうした次に、付箋で指摘された箇所を改めて見直し始めると、思った以上手直しが必要な状態にガクッと思わず頭が落ちた。
それこそ午前の仕事時間は、そいつに全部奪われちゃうぐらいに。
はあーあ、早速予定変更ですか。
本当は別の書類に取り掛かろうと思ってたんだけどな。
じろりと睨むと、負けじと付箋たちは俺の相手からだよと忌々しく見つめてくる。
はいはい取り掛かりますよーだ。
やっと諦められた私は手を動かし始めた―――でもその前に。
もういっこ。
私はちらりとパソコン脇の隙間を覗く。
うん、出勤してる。
隙間の先に見えたのは、大きな背中。そして藍色のスーツ。
藍色のそれは、いつも私に教えてくれる。
それが速水さんだって。
変なもんだけど、こういうの恋愛パワーっていうのかな。
彼の背を見ただけだってのに自然と英気が湧いてくる。一日の元気の源、それが速水さんの存在。
彼には絶対言えないけど、本当は心の底でちょっぴり思ってる。
彼にとっての私もそうだったらいいなって。
「よし!」
私はキーボードをたたき始めた。
+
もう13時か……。
そうこう仕事に取り掛かっているうちにいつの間にか時間は経ち、そろそろお昼をとりにいかないとという時刻。
「市田。」
再び長嶋さんがふらっと声をかけてくる。
「さっきのアンケート余りなかった?」
「一枚だけならありましたよ。」
ほらここにと、しまっている引き出しを開けて見せた。
「それ、内川に渡しといてくれない?あとで。
隣の部署足りなかったみたい。下の階行ってた時に内川にそう言われたんだけどさ。」
「そうでしたか、じゃぁ渡しときますね。」
忘れてしまわないように、早めにキリがよいところで内川くんの所へ行こうと頭の片隅で私は思う。
「あ、市田昼飯はとった?」
「いえ、まだですけど。」
「丁度いいし、今とったら?体もたないぞ。」
「あ、そう……ですね。」
「うん」と心配気な様子で頷く長嶋さん。
本当は今やっている仕事が終わってから、ご飯をとりに行こうかと思ってたんだけど……
「じゃぁ、これからお昼いただいちゃいますね。」
そういうことならキリの良いところ関係なしに、昼食を先にとっちゃおう。
「うん。」
私の返事に納得したのか彼はデスクに戻っていく。
あ、でもお昼とってたらそのうち忘れてるだろうから、アンケートだけ内川くんに渡しに行こうかな。
ちょっとだけどきどきして私は席を立った。
+
「今から昼?」
「はい。」
万が一にでも話の内容を誰かが聞いていたとしても大丈夫なように、私はビジネス会話を徹底。
それなのに、
「……なんでそんなキンチョ―してんの?」
肝心の速水さんはくすっと笑ってくる始末。
「速水さんと会社で話してるからでしょーが!」
なんて白状したいけど、当然言えるわけでもなく。
「してないですよ。」
そんなこと聞かないでくださいと訴えるように、意地らしく私は答えるだけ。
まだ付き合うこと会社でどうするかとか話していないけど、
ちゃんと速水さんとどうしていくのか話とかなきゃ。
速水さん、今会話した感じだと特に隠す気なさそうだし―――私は黙っていたい派なんだけど、、ちらっと彼の顔を盗み見る。
本当余裕だな、速水さんは。
私と違って堂々としてくれちゃってますよ。
「…じゃぁそろそろ行きますね。」
違和感を周りにもたれるまいに、おいとましようと踵を返す。
「あ、市田。」
「へ?」
途端、パシッと私の手が掴まれた。
「ここ、ゴミついてる。」
彼は一歩私に近づいて――その距離約15センチ。
「ちゃんと確認しろよ。」
ふっと私の肩に柔らかく触れる。
「あ、ありがとう…」
ございますまで丁寧に言うつもりがったが、その言葉は後に続かなかった。
「今日、帰り待ってる。」
「っ…!」
私にしか聞こえない声でぼそっと呟いたその言葉に丸め込まれてしまったから。
「じゃぁお疲れさま。」
にやりという効果音が似合いそうな笑みを彼は浮かべてその場から去っていく。
糸くずがそう言うためだけについた嘘だというように、
提げられた彼の手はスーツの横でわざとらしくパッと開いたまま。
あーもう。
思わず火照ってしまった頬の熱を溶かすように、私は手の甲を顔に当てた。
+
ブーブー…
鞄の中で微かに振動している携帯のバイブ音。
一緒に帰ると約束したその人よりも早くに仕事が終わった私は、
そのまま会社で待っているわけにもいかないので近くの本屋で暇つぶし。
店内にいくら音楽がかかっているとはいえ、曲の音量はほんの嗜み程度。
本を買い求めている他のお客さんの邪魔になるのは悪いから、パラパラとめくっていた雑誌をあわてて平台に置きなおし携帯を取り出す。
スマホを開くと、連絡をくれた本人の名前が表示されて
『待たせてごめん。仕事終わったよ。』
メッセージが画面に広がる。
残業残業と朝嘆いていたくせに、終わってみれば彼の方が大変だったんだからなんだか申し訳ない。
私は雑誌を改めて平台の上にきちんと置くと、本屋を出ると同時に電話をかけた。
かけた人は、もちろん今連絡をくれた相手と同じ人。
本屋で暇つぶししていることは彼に伝えているから大丈夫だろうけれど、
本屋まで向かいに来てくれることになっているし、その人は今から会社でるところなのかな?それとももう本屋についたところなのかな?
何回電話をしてもどこか緊張してしまうそれに、心臓を鼓動させつつ
「もしもし。」
5回目のコール音が終わると同時に、速水さんの声は私の耳に届いてきた。
「お疲れ様です。」
「うん、お疲れ。」
彼の低音が心地よく広がる。
結構速水さんの声好き。まだ一回も本人に伝えたことはないけど。
「もう駐車場いてくれてますか?」
とりあえずお店から出て右に足を進ませてみた。きょろきょろと彼の車と思わしきものを探し始める。
「うん。入り口近くらへんなんだけど、分かるかな。右だよ。」
「右?あ。」
方向あってるかなと迷いつつも駐車された車を2、3台追い越したところで、見覚えのある車が目に入った。
「見つけました!」
それでも少し不安に思って試しに手を軽く振ってみる。
「…俺も見つけた。」
子供かよって笑いながらも同じように手を振ってみせてくれる彼。
「速水さんも子供っぽい。」
「おい。」
くすっと私は冗談ですよと笑った。
続けて彼の助手席の扉を開ける。
+
「お疲れ様です。」
座ろうとする前に、彼に顔だけ覗かせてひょっこり挨拶。
「……お疲れ。」
笑われたばかりだというのに、またしてもそこで速水さんに笑われてしまった。
お疲れさま何回言ってんの?ってばかりにさ。
でもしょうがないじゃん。お疲れ様です以外に挨拶見つかんなかったんだもん。
…たぶん緊張のせいで。
電話をその場で切ると、車内に進みいりドアを閉める。
静かな車内―――相変わらず中も整頓されていて、なにかと溜まりがちなジュースホルダーも
運転手側しか埋まっていない。綺麗好きな速水さんらしいといえば速水さんらしい。
「ごめん、待ったよな?
仕事ちょっと長引いて。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
彼は気にしてるけど、私的にそんなに待った感じはしていない。現に本屋にいたのは15分ぐらいだし。
「ならよかったけど。」
速水さんはちらりと私を見つめる。
「疲れてない?」
「大丈夫ですよ。」
もういちいち優しんだから。
「じゃぁまぁでよっか。」
ここで話してるのもなんだし。
「はい。」
「スーパーとか寄らなくて大丈夫?夕飯とか。」
「昨日の残りもの食べるので。」
「そっか、ならいいかな。
ご飯食べに行ってもいいけど、月曜から疲れちゃあれだからね。」
速水さんは私の顔を見て口元を柔らかく緩める。
別に私は食べに行ってもいんだけどな、速水さんとなら。全然疲れないし、むしろ……回復できちゃう。
そう思っていたけど、言えなかったのはまだ付き合って浅いからなのかな。よくわかんない。
速水さんはその間にエンジンをつけ、
「じゃぁ出るよ。」
と言ってハンドルを左に切る。
「お願いします。」
返事したときには、お店からこぼれる明かりも届かなくなって車の中は真っ暗闇だった。
+
車道に出てからも、どこかなれない会話の私たち。
帰ったら何食べるんですかとか、今週もお仕事忙しそうですかとか。
って違うか。おぼつかないのは私だけで、速水さんは終始余裕そう。
だって、
「会社で話しかけた時、なんであんなうろたえてたの?」
そう意地悪そうに笑みを浮かべながら、私に尋ね返してくるぐらいだもん。
「う、うろたえてなんかないですよ!」
「ふーん。」
オウム返しのように否定するしかできなかったあたり、彼にはばればれだろうけどね。
それこそ何もかも。
「照れちゃって。」
「照れてないです。」
「はいはい。」
速水さんはくすっと笑い声をあげる。
付き合ってからも速水さんってば意地悪なんだから。
「でも、悪いのは速水さんですよ。」
「ん?」
前の車のブレーキランプが赤く光り、速水さんも同じようにゆっくりブレーキをかけていった。
「あんな目立つところで話しかけてきて……。」
「やっぱりうろたえてたんだ。」
「も!」
またそういうこと言う!
「……速水さんは、別に隠す気とかないんですか?」
「市田と付き合ってること?」
信号機のかすかな明かりのおかげで彼と目が合う、同時にこくんと私は頷いた。
「まー、そんなに気にしてはないかな。」
「そうですか。」
「うん。」
次第に信号が青になる。
「市田は?」
「私は……」
一瞬ためらって、絞り出すように本音を口にした。
+
「あんまり公にはしたくないかなぁ、って。」
社内恋愛は禁止されていないし、速水さんと付き合ってることが恥ずかしいとかそういう理由じゃ決してなくて。
ただ、職場の人に気を遣わせてしまうかもしれないし、
ただ、速水さんも仕事しづらくなっちゃうかもしれないし―――なんて、思ってること全部が全部言えたらどんなに楽だろう。
「速水さん誤解しないでくださいね、」
そんな変な理由じゃなくて…
「なら内緒にしとこうか。」
「え?」
思わず呆気にとられる。それは速水さんも同じようで、
「え?いや、公言したくないんでしょ?」
間違ってる?とばかりに戸惑ったように私をちらりと見つめた。
「……うん、そうなんだけど。そうなんだけどね。
でもいんですか?」
まだ理由だってまともに伝えてないのに。
「なんでダメなの?」
懸念する私とは裏腹に横から口元をふっと緩める音がかすかに聞こえてくる。
いっつも意地悪なくせに、こういうところ速水さんってばすっごく優しんだよね。
本当救われっぱなし。
ちらっと彼の横顔を盗み見る。
それにね、暗いからよく見えないけど私思ってるんだ。
視線をよこしてくれる度。優しい目で見てくれてるんだろなって。
ありがとう、速水さん。
「まぁでもあれだよね。」
「な、何ですか?」
照れくさいながらもまた彼に視線をあわす。
「みんなに秘密ってのも、なんか燃えるね。」
横からこぼれてきた鼻で笑った声。
……やっぱり今言った、救われてるっての撤回していいかな?
+
「出かけるのはどうする?」
まだ若干呆れてる私に気づかず、続けて彼が口を開く。
「出かけるの?」
「デート。」
「あ、あぁ!」
一瞬何のことか分からなかったが、彼が口に出した言葉でようやくピンとくる。
もしかして、今日一緒に帰らないかって誘ってくれたのもその話をしようとしてのことでだったのかな。
「どうしましょうか。」
案がすっと出てこない私は忽ち速水さんに聞き返した。
「何か行きたいとことかは?」
「うーん……行ってみたいところ。」
そう言われてもなぁ。正直、速水さんと一緒にいれれば私としては何でもいいわけで……。
まぁデートの定番中の定番といえば動物園、水族館、遊園地あたりだろうけど。
でも、今あげた3つとも車で行くと時間かかるんだよね。
私はともかく運転するのは速水さんだし、デートが負担になっちゃうってのも。
「思いつかない?」
「いや、そういう訳じゃないんですよ!」
あー、また速水さんに変な勘違いさせちゃったかな。
絶賛パニック中の私を横目に「そんな必死にならんでも。」と彼は笑う。
「付き合って初だし、映画とかどう?」
「映画ですか?」
こくんと速水さんは頷く。丁度良く信号が赤になった。
「前話したじゃん、トランスファーマー。
あれの番外編の新作が公開されたみたいでさ。
なんかタイミングいいなぁって思って。」
「へー!新作……。
知らなかったです。」
トランスファーマーの番外編―――そういえば、前そんな話もしたなぁ。
DVD今度借りに行くんですよって電話で速水さんに伝えて、面白いよって勧めてくれたのがそれだったっけ。
農家の野菜がロボットになるっていう斬新な設定もそうだけど、アクションもすごくて、
ちょいと挟んでくる主人公たちの恋愛模様も面白かった。
まだ2作しか見てないけど、番外編……確かに気になる。
「私も見たいですし、
今回は速水さんの案でお願いしましょうか!」
映画デートだったら、疲れの心配もないしね。
「じゃぁ決まり。」
くしゃっと彼は破顔する。
「来週でいい?」
「はい。」
着ていく服どうしようかな。
そんな風にそわそわしちゃいながら、すぐにデートの日付を私たちは決めた。
+
その後はデートの話から一旦離れ、ただの世間話を私たちは2、3交わす。
話に夢中になっていた私は気が付かなかったが、家まであと5分の距離にまで車はいつの間にか進んでいたらしい、
「もうすぐ着くよ。」
と教えてくれた彼にちょぴり驚いてしまった。
「あっという間だった?」
「はい、もうこんなところ……」
丁度よく通り過ぎていったちんけなバス停は、いつも降りる停留所。
変なの、今日だってあそこで降りて、私は一人帰り道を歩いてくはずだったのに。
今は、速水さんがいるんだよなぁ。
「…速水さん。」
「ん?」
「しつこいかもですけど本当よかったんですか?」
赤く灯っている信号を真っすぐ見つめる彼の横顔を恐る恐る覗く。
「私送ってったら、帰るの遅くなっちゃうから……」
「うん、市田。
本当しつこい。」
「うっ。」
そ、そんなきっぱり言わなくたって、、
ぴしゃりと言い放たれた一言に面をくらう。
でも、本当のことなんだけどなぁ、速水さんが疲れてるのは。
私とは比べ物になんないぐらい責任ある仕事だってしているわけだし……
おずおずと彼を盗み見る。
ところがそこで視線がぶつかってしまって。
「ばか。」
「いて。」
まだ考えてるだろと、こつんとお得意の右手中指で私の頭を小突く。
「俺が好きで送ってるんだから気にすんな。」
辛気臭い顔をしていた私の顔が気にくわなかったみたい。
「ほらまだむくれっ面。」
今度はくしゃくしゃーっとそのまま髪をなで繰り回してくる。
いくら後ろに髪を一つに結っているとはいえ、さすがにそのままを維持することはできない。
おかげで前髪をメインとして随分と乱れてしまった。
「くしゃくしゃだ。」
そんな様子を見てハハハッと彼が笑う。
「速水さんがしたんでしょう!」
「はいはい。」
ぶーと口を尖らせた私を見て、優しくまた彼は微笑んだ。
速水さんにもおみまいしようかな。
そう思ったが、信号が青になってしまったので断念するしかない。
まぁでも逆に青になってくれて、良かったのかもしんないな。
速水さんの髪触るの、なんか、緊張しちゃうし……。
+
「毎日とはいかないだろうけどさ、」
「はい?」
今度は何だろう?
かきまわれた髪を手ぐしで戻し始める。
「こうやって一緒に帰る?」
「え?」
彼の急な提案に一瞬手が止まった。
「まぁ……いいですよ。」
再び手を動かし始めて、ぼそっと私は言葉を落とす。
可愛くない返事。いくらびっくりしたからとはいえ「いいですよ」じゃなくて「嬉しい!」とかって言えたらいいのに。
「またご飯も食べに行こうか。」
速水さんは見透かしの天才だから、そんな私も見抜いてくれて優しく受け止めてくれているけれど。
速水さんは私のどこが好きなんだろうなぁ。
だってかっこいいし、優しいし、もてるし。
そりゃたまに意地悪だけど、そんなところも結構良いというかなんというか……って私はMでは決してないけど。
「市田?着くよ?」
「あ、はい!」
巡らせていた思考にあわててストップをかけて、私のアパートの駐車場へと入っていく様子に焦点を当てた。
こうして送ってもらうことは初めてじゃないから、彼ももう慣れた様子。
私の部屋番号が地面に印字してある場所だって私に聞くまでもない。
「ありがとうございました。」
「ん。」
彼がシフトレバーをパーキングに移動させている間に、私はシートベルトを外した。
「デートは来週ですよね?」
このまますぐ車を降りるのもなんだから、デートの約束の最終確認。
「映画かぁ。」
「うん。」
「どんな話なんですかね。」
聞き役に回っていた彼が途中からくすっと笑い始める。
「何ですか、笑って。」
笑う要素ないでしょうよ。
「いや…。そんな大事そうに確認してきて、市田デートすごい楽しみなのかなぁって。」
色っぽい目で私を捕らえた。
「……た、のしみですよ。」
これまたぼそぼそっと呟く私、おまけに目線は膝小僧。
「ふーん。」
そんな私をまた意地悪く見守る。
「またからかって。」
彼の肩あたりでも小突こうかと手を振り上げる。
だけど。
「あっ。」
その手は振り下ろすことなく、彼に奪われて。
「市田」
私の唇も盗んでく。
「おやすみ、市田。」
短いそれを終えて、余裕そうな笑みを浮かべる速水さん。
「……ばか。」
不意打ちなんてずるいよ。
ぷいっとそっぽを思わず向いた。
+
あと一日か……。
パソコンの画面右下、表示された曜日は金曜日。
速水さんとのデートは明日―――土曜日。
速水さんと一緒に帰ってから2週間。
明日のために頑張ってきたといっても過言じゃない。
現にスケジュール帳を開くたび、書いた『デート』という文字が目に入ってきて、度々頭に妄想を作ってるし。
「市田さん、お電話。」
「あ、はい。」
またしても妄想にふけていた私は、
相手会社様と社員の名を伝えてくれた品川さんに断りを入れて、慌てて電話へと出た。
「お待たせしました。
お世話になっております、市田みのりでございます。」
「お世話になっております。
来週の打ち合わせの件について、変更が応じましてご連絡させていただきました。」
「さようでございますか。分かりました。」
5分ほど電話をして、変更を確認した私は失礼しましたと電話を終える。
「残業になりそ?」
「うーん……」
怪しいところですねと、心配して声をかけてくれた品川さんに苦笑いを浮かべた。
本当は明日何着ていくかとかまだ準備完璧じゃないから、早く帰りたいのだけれど…。
「長嶋さんに報告してきます。」
彼女の返事を聞いてから私は彼の下へ向かう。
「分かった、じゃぁ引き続き頼むね。」
「はい。」
長嶋さんは短く了解の返事をくれると、代わりに
「これ会議室に置いといてくれる?」
と私にいくつか書類の束を手渡してきた。
「はい。」
午後の会議のかなと頭を巡らし、
「それ会議室置いたらお昼取りなよ。」
長嶋さんがそう言ってくださったので私は微笑んでその場を後にする。
そのまま会議室へ向かおうと、メインルームを出た。
+
「お疲れ様です。」
「お疲れ。」
廊下ですれ違う社員さんに挨拶して、一番奥の会議室へと私は向かう。
お昼をとっている人が多いのか、一人すれ違っただけで特に他の社員さんとすれ違うことはなかった。
コンコン――会議室の扉へ数回のノック。
ドアノブに特に入室禁止の札はぶら下がれていないし、誰もいない様子なので入室をすぐに決める。
「失礼します。」
案の定、中へ進んでも誰もいなかった。
上座を中心に、手渡された書類をテーブルへ置いていき作業を終える。
12時30分か。会議室を出る前に、壁にかけられた時計で今の時刻を確認した。
今日のお昼は会社だけど、明日のお昼は……速水さんといるのかな。
なに、食べるんだろう。
仕事から解放されるとすぐに始まる、明日のデートのこと。
この2週間は携帯の文面でちょっとだけしか連絡を取っていないせいもあって、話せている感じはあまりしていない。
この2週間分、喋れたらいいなぁ……けどうまく喋れるかな。
どきどき、考えているだけで心臓が跳ねてくる。
でもこうして妄想している時間も結構楽しい。
速水さんに言ったら、変態かよってからかうだろうから絶対言わないけど。
速水さんも妄想とかしてくれてるかな…。
って、速水さんこそ素直に白状してくれないか。
苦笑をこらえ、明日のことを考えるのもほどほどにして、お昼をとろうと私は会議室の扉の柄に手をかけた。
廊下へ出ると給湯室の扉が大きく開いて、廊下にまで扉が飛び出しているのが見える。
+
みんな給湯室で食事中なのかな?
珍しく利用が多いなと足を進めながら首をかしげた。
私も給湯室の冷蔵庫にお茶を入れているから、入室しないとなんだけど。
「……お疲れ様です。」
ひょこりと顔をのぞかせて、給湯室の中を覗いた。
「あ、市田さん。」
「内川くん。」
覗くと、中にいたのは隣の部署の内川くん一人だけ。
人がいっぱいで窮屈だから扉を開けていたのかと思ったけど、なーんだ。
聞くと口にしているアイスコーヒーを喉に流し込むだけ流し込んで、
すぐに立ち去る予定だったから扉をあけっぱなしにしていたみたい。
「これからお昼ですか?」
「うん。内川くんは?」
「今水分補給中です。あともうちょっと仕事があるので。」
「そっか。」
ご苦労様です……
「僕の作業スピードが遅いだけですよ。」
自虐ともいえる、笑いながらの彼の返事につられてつい笑ってしまう。
「また飲み行きましょうね、4人で。」
「あぁ、うんそうだね。」
私の返事を聞いて、なお一層内川くんは嬉しそうに表情を緩めた。
「本当飲むの好きなんだね。」
内川くんは長嶋さんと速水さんのこと慕ってるから、彼らと飲むのが楽しくって仕方ないんだろう。
あ、でも……ちょっと待って。
今言った飲みのメンバーは長嶋さんと速水さんと内川くんと、わたし―――それって結構やばくない?
だって、速水さんと私はお付き合いさせていただいているわけで、
それは秘密なわけで……。
か、隠すのが、というか速水さんは絶対それを利用して私に意地悪してくるだろうし……!
「じゃぁまた落ち着いたら計画立てときますね。」
戸惑っている私に気づかずに、彼はゴミ箱の中へコップを捨てる。そのまま仕事に戻るのか出口の方へ向かった。
+
と、そこで、
「あ、いた。」
内川くんじゃない誰かの声が私の耳に入ってくる。
「探したぞ。」
続いてその人が発した声で誰だかすぐに分かった。
「お疲れ様です。」
「…お疲れさま。」
変、じゃなかったよね?今の言い方?
その人が若干詰まらせながら言葉を返してきたから変な緊張に襲われる。
「どうかしましたか?」
内川くんはその人に尋ねているというのに、なぜかちらっと私の顔を盗み見てきた。
「え、なに?」そんな内川くんにそう聞き返す暇もなく、
彼は速水さんに顔を合わせて会話を始めるからなぜ見てきたのか理由を聞くことができない。
内川くんは何か知ってそう…なんだよね。たぶん速水さん絡み関係で。
速水さんは内川くんに、私のことを話していないって言っていたから、
付き合ってることを知ってるとかそういうんじゃないとは思うのだけれど、
結構前に速水さんのことを含ませたからかいをしてきたことがあるのも事実……。
気になるなぁ。
今度また問い詰めてみようかな。
ふたりの様子を横目に、冷蔵庫からお茶を取り出す。
ぶつぶつぶつ、お仕事の話を繰り広げているその人と内川くん。
節目がちな目とかたまに動く右手とか、悩んでる表情―――やっぱり仕事してる姿って、恰好いい。
そうやって、知らず知らずのうちにじっと私はその人を見てしまっていたみたいで、
「……市田、どうかした?」
「へ!?」
「いや、そんな見てくるから。」
と、視線に気が付いた速水さんが突然私に声をかけてくる。いつの間にか内川くんも振り返って私に視線をやっていた。
「いえいえいえ!何もないですよ!お話し続けてください!」
胸の前で両手をブンブン振って、何もないことをアピール。
「ならいいけど。」
その人は口の端を緩めるとすぐに内川くんとの話に戻った。
嫌らしい笑み浮かべてくれちゃって。
その仕草で彼の心情が分かった私はぼそっと心内でつぶやく。
私が話したがってないって分かってたのに、相変わらずずるい人だな。
そりゃじっと見つめちゃった私が悪いのかもだけど。
+
「じゃぁそれ確認したかっただけだから。」
それから2分ほど経ったところで、彼らの会話に区切りがつく。
私も別段そこにいる必要はないのに、たまにお茶を飲みながらすぐに終わるだろうと何となしにその場へとどまっていた。
「市田はこれから昼?」
「あぁ、はい。これからごはんです。」
気を利かせてくれたのか、速水さんが私に話題を振ってくれる。
何気ない会話なのに、内川くんがいるのもあってか余計緊張した。
「内川も昼とるだろ?」
「いえ、俺まだ仕事残ってるんでそれやってから取ろうかなって。」
「今日任せたの急のじゃないから、昼気にせずとれよ。」
「ありがとうございます。」
内川くんはそう言ったけれど、仕事をしてからお昼取るのだと私は思ってる。
だって彼、真っすぐな性格だからね。
「では市田さん、俺ら戻りますね。」
「はい。」
お疲れ様ですと二人に頭を下げる。
速水さん、明日大丈夫かな。
お仕事大変そうだけど……
「速水先輩、俺も伺いたいこと一つあって……」
おまけに踵を返してすぐ、内川くんからそうまた相談を持ち掛けられているし。
私みたいに妄想にふける時間もなさそう。って当然か、お仕事中なんだから。
私はぼーっとそのまま、藍色のスーツの背の一点を見えなくなるまで見つめ続けた。
すると、廊下へと切り替えるタイミングで、後ろ背のスーツに何本かのしわが急に刻まれる。
次に右目じりの涙ぼくろが私を捕らえて、
「あ・し・た」
たったそれだけ、音を立てずにその人は去り際口を動かした。
隣にいる内川くんにもちろん見えないように。
「言い逃げですか。」
誰もいないのをいいことに、ぽつんと私は気持ちをつぶやく。
言い逃げかい。
今度は心内で私はつぶやく。
……新しい化粧品、帰りに買いに行っちゃおうかな。
心臓をばたつかせながら私はごくんとまた一口お茶を飲んだ。
内緒の初デート
「出てくるの早かったかな……」
アパートの駐車場、ぽつりと立つのは私だけ。
駐車場に何台か車は止まってるけど、人が出てくる気配はしてこない。
そりゃ一緒のアパートに住んでいるわけだし、すれ違ったら挨拶はするけど、
駐車場で待ってるところ見られるのはちょっと照れくさい。
ましてや速水さんを待ってるわけだし、これからデートなんだって思われるも…いやちょっとどころかかなり照れくさいぞ!?
そんなアパートの人はともかく、すぐ近くの一軒家のおばさんもお喋りなんだよね。
理由はもう忘れてしまったけど、以前捕まったことがあるのを私は思い出す。
ともあれまだ速水さんが来るには早いので、
そのまま駐車場横に小さく設置されている長細いプランターの塀へ私は軽く腰かけた。
―――午前10時10分。いつもなら絶賛まだベッドのうえ。
でも今日は8時には起きて、お化粧して髪を巻き巻きして。
早くに家から出て、おまけに身に着けてる服は上下ともにお気に入りの服。
トップスは長袖の、柔らかい印象を与えてくれるホワイト。
スカートは、スウェードの淡いオレンジ色。
生足には自信がないけど膝丈だから我慢できてる。
初デート…だもん。ちょっと冒険しないと、ね。
汚れがついていないか服装を再確認しながら、空いている手を埋めるようにポチッと電源ボタンを押して携帯を開いた。
「まだ1分しか経ってない。」
ばかだな私、全然動いていない時計の数字にくすっと笑ってしまう。
それだけ楽しみってことだよね。
『今から家出るからね。』
10時前に速水さんから来ていた文字を何気なしにもう一度目にいれた。
しかし、速水さんって私服、どんな感じなんだろうな。
会社じゃスーツだから全然見当もつかない。唯一見たのは部屋着だっけ。
彼が熱を出して、私がお見舞いに行ったときに見た緩い服の。
うーん、益々緊張してきちゃった。
まぁ、別に男の人の服とかそんなしらないし、何だっていんだけど。
それこそ、服着てさえいてくれたら……って、それは無頓着すぎ?
+
と、それから1分もたたないうちに車のエンジン音が駐車場の入り口から大きく聞こえてきた。
わ!速水さん来ちゃった!
すぐに私は立ち上がって、若干汚れているだろうお尻をパンパンはらう。
彼はそのまま私の部屋の駐車スペースに車を進めた。
慌てて私は携帯をカバンにしまい、運転席に駆け寄る。
すぐに目がぱちっとあったので反射的にぺこっと私は会釈して、
一方の速水さんはなぜかくすっと笑って、
「こっち」
人差し指で助手席を指した。
「あ、はい!」
言われた通りに駆け足でぐるりと車の後方から回り、そのまま助手席のドアを私は開ける。
「おはよ。」
若干眠そうながらも挨拶してくれる速水さん。
「お、はようございます。」
かくいう私は緊張口調。
うー、やばい。挨拶してるだけってのにばかみたいに緊張してる。
心臓ばくばくいってるんだけど!
「晴れててよかったね。」
続けて言葉を紡いでくれている速水さんにまたうまいこと返事が返せない。
「これ飲む?」
「へ?」
若干びくつかせて彼に目線を合わせると、
速水さんはコンビニで買ったと思われるアイスコーヒーを私に差し出してきた。
「ん。」
有無を言わさず彼は私の手中にそれを収めてくる。
飲んでいいよってことなんだろうけど、なんだろうけど……
「飲まないの?」
「あ、いや……」
絶賛どぎまぎ中なんだってば、速水さん!
いきなり間接はハードル高いんだよー!
けど、ここで飲まないのは可笑しいよね。
「…いただきます。」
速水さんのばか。
私はストローに軽く口をつけた。
「おいし?」
彼の問いにこくんと頷く。
でも。
味がわからないってのが本音のところ。どきどきして舌が麻痺っちゃってるよ。
+
「じゃぁ、そろそろ行こっか。」
「はい。」
流されるように私はこくんと頷く―――あ、ってまだシートベルトしてなかったんだった。
私は慌ててそれの準備を始める、けれど片手にコーヒーを持っているせいか、なかなかうまいことできない。
「ん。」
「あっ。」
すると、そんな難しそうにしていた私に気づいたのか、速水さんがコーヒーを持ってくれた。
「すみません…。」
その隙にカチッとベルトにひもをはめ込む。
「出来た?」
「はい。」
シートベルトから目線を彼に移動させて、私は返事―――って、あ。
「やっぱうまいね、これ。」
「っ。」
もう、なんて人だ。
本当こういう所ズルいんだよ、速水さんってば。
さっきまで私が口づけてた“それ”に、今度は速水さんが見せびらかすように口をつけてるなんて、さ。
「……どうかした?市田。」
彼はくすっと笑いをこぼす。
「なんでもないです。」
「本当に?」
彼はまだ意地悪に笑っている。
「なんでもないです。」
絶対策士じゃんか、速水さんのばか。
彼は優雅にまたコーヒーを喉に流し込ませた。
「もう、コーヒー飲んでないで、早く車出してくださいよ。」
むんずっと私はコーヒーを奪う。
「じゃぁ出すからね。」
「もう、分かりましたってば。」
思わずべーっと舌出しちゃったよ、もう。
+
そんな私に気づかずに、速水さんはシフトレバーをパーキングからドライブへ切り替えた。
そして、私のアパートがある小道から大通りへと車を進めていく。
「こっから映画までどんぐらいかかるか分かる?」
大通りに繰り出してすぐの所で彼が口を開いた。
「うーん、30分…いや45分?」
いっつも映画を見に行くときは、電車で行くからよく分からない。
「映画の上映時間とか何時ですか?」
速水さんが調べるって携帯で連絡くれたから、諸々全部任せっきりなんだよね。
たぶん、11時台の上映の奴を見るようにしているのだろうけど…
「11時45分。」
うん、やっぱり11時台のだった。
それにしたって、映画を見始めるのがその時間として、たぶん長くても2時間半ぐらいで映画終わっちゃうよね?
そうしたら14時ぐらいでしょ、それからどうするんだろう、速水さん。
お昼をその後取るとしても、時間は結構あるし、買い物…とか?夕飯とかも、一緒に食べるのかな。
しまった、ちゃんと私もいろいろ考えてくるんだった。
洋服選びに気をとられ過ぎてたよ…!
じろっと私は何となくそう思った流れで自分の服を見返す―――わざわざこの日のために服買ってよかった。
服着てるだけで十分なのに、こんな速水さん私服おしゃれなんだもん…、
下手な服だと横に並ぶのでさえ後ろめたく感じちゃうかも。
さりげなく運転している彼の横顔を私は見つめる。
白の春ニット、黒のアンクルパンツ、茶色のクラッチバック。あと……
「なんで速水さん、眼鏡かけてるんですか。」
「え?」
ツンと私は彼のそれの端の方を人差し指でつついて見せた。
「あぁ、言ってなかったっけ?
俺、目悪いんだよちょっとだけ。」
速水さんはズレを直すように眼鏡に手を軽くそえる。
「言ってないですよ。」
「ごめんごめん。」
から笑いを彼は浮かべる。目の前の信号も赤になり、丁度車もそこで止まった。
「市田は視力良いの?」
「悪くはないですね。」
伊達めがねなら1個持ってるけど。確か、めがねにいっとき憧れて買ったんだっけや。
「眼鏡すき?」
「へ?」
めがね?
「どっちが好きなのかなって。コンタクトとめがね。」
速水さんはじろっと私に視線を合わせる。
「そ、そんなこと…」
言われたって、困っちゃうよ。
両方、だって似合ってんだもん、速水さん――。
+
「で、どっち?」
ぐいっと彼はまた詰め寄ってくる。
「…あ」
「あ?」
「あお!青です、信号!」
彼の左肩を二つほど叩いて前を指さした。
前の車がのろのろと動き出したのを横目で彼も確認すると、仕方なさそうに前に向き直って車を発進させる。
「信号に助けられてよかったね。」
「何の話ですか?」
とぼけちゃってとつぶやく彼を半分無視して、明後日の方向を私は向いた。
……車多いな。
そうして窓から外の景色を眺めていると、通勤ラッシュは当に終わっているはずなのに車が多いことに気づく。
会社へ向かう時にバスが通ってくれる道とは反対のせいか、大通りだってのにあまり見慣れていない。
この時間帯に出かける人多いんだ。
じゃぁ、映画も混んでいるのかな―――って待って。
それだとやばくない?会社の人にばったり偶然出くわすとかあっても……。
「市田?」
「はい!」
急に声をかけてきた速水さんに、一瞬びくつく私の肩。
「なんか面白いもんでも見えたの?そんな外見て。」
「あぁ、いえ特に理由はないんですけど…」
車が多いなぁって。
「そっか。」
心配してくれている風の速水さんに、こくんと私は頷いて見せる。
「もうちょっとかかるから良いこしててね。」
良い子って……
「……良いこしてますよ。」
まぁ大丈夫か。こんな調子の速水さんだったら、うまいことその場を助けてくれるだろうから。
ともあれそれ以上子ども扱いされないようにと、
映画があるデパートに着くまで私は助手席でおとなしくしていた。
+
「着きました?」
「着いたね。」
それから30分ほど経って、目的地のデパートへたどり着く。
3階建てで、最上階に映画館が併設されているここいらじゃ結構盛況しているお店。
案の定というべきか、お店を365度囲うように大きく設置されている駐車場もなかなか埋まっていた。
「立体駐車場に止めよっか。」
平面はないかもとつぶやく速水さんの言葉に同意し、平面駐車場から抜け出していく。
けどこの調子だと映画館もかなりこんでいるはずだし、映画のチケット大丈夫かな?
別段用意してないけど……
と思った矢先、
「大丈夫、チケット事前に頼んでるから。」
そう何も言わず速水さんは答えてくれたんだからやっぱりすごい。
「市田は単純だからね。」
なんて彼は別にすごいごとじゃないよなんて言ってるけど、絶対速水さんしかできないことだと思う。
なんで速水さんこんなに私が考えてること分かるんだろうな。
やっぱ速水さんの透視ってすごいや。下手したら占い師とかできるんじゃないかな。
彼はそんな風に私が考えているとは知らず、同じく3階仕立てになっている立体駐車場へと入った。
ぐるぐるぐるぐる、車が円を描いて上へと動いていく。
「3階にとめれたらいいけど、多いかな。」
なんて速水さんは駐車の心配してるってのに、
「目、回っちゃいそうですね。」
くすっと私は呑気にそんなこと言ってるもんだから、
「無邪気だなぁ。」
彼にこつんと頭を軽く小突かれる。
「ごめんなさい。」
まぁ速水さんも私の言葉に笑ってくれてるんだけど。
結局お店の入り口に近いとは言えないまでも、3階に停めることができ私たちは車を降りる。
「映画まで30分以上あるから、適当にぶらぶらしよっか。」
「はい。」
パタパタと彼の隣へ私は駆け寄った。
+
立体駐車場から、お店へとつながっている外の通路を抜けて店内へと足を進めていく。
「人、多いな。」
「そうですね。」
店の中へ入ると一気に活気だって耳がやかましくなった。
子供連れの家族をメインとして騒ぐ声が収まることはない。
たぶんゲームコーナーがちょっといったところにあるから、それも関係してるんだろうけど。
「服とか見る?」
「あ、あぁはい。」
ぶらぶらしてるのもなんなので、私はこくんと頷いた。
1つ下に階を降りた感じ、
とりあえずアパレルブランドのテナントさんが多く並ぶ一角へ速水さんは行こうとしてるみたい。
「買い物すき?」
「服見るのはすきかもです。」
「そっか。」
入りたいところあったら遠慮せずいいなよと、速水さんは優しく告げてくれた。
でも男の人とこんな風にショッピングなんて、
最近めっきりしてなかったからどうしたらいいのか分からない。
というか要するに、
お店に入ったとしても速水さんに気を遣っちゃってゆっくり見れないんだよね、!
女物なんて、速水さんは見るものないだろうから…!
だから、結局まだ2店目だというのに
「見るものないですよね?
私大丈夫ですから、速水さんみたいものないですか?」
そういって、早々に彼に音をあげてしまった。
自分の買い物に付き合ってもらうより、
速水さんのショッピングに付き合う方が私にとっても楽しいはずだよ。
彼の口から落ちてくるはずの「分かった」という言葉を、大人しく私は待つ。
ところが、
「市田、これ似合いそう。」
「え?」
「これ。」
私の言葉を無視して、速水さんは私に一枚のワンピースを差し出してきた。
夏用の新商品らしく、色は真っ黒ながら半袖で胸元からひざ下にまで伸びる生地すべてに花柄の透け感がある。
中にキャミソールさえ着れば、これ一枚でコーディネイトが完成しそうだった。
「あんま好きじゃない?こういうデザイン。」
「いえ、好きですけど、」
とっても可愛いし。
けどちょっと気になることがあって。
「……速水さん、こういうのが好みなんですか?」
「ん?」
「いえ、こういうの好きなのかなって、好きなんですか?」
「ん?」
ちょ、ちょっとなんでうんって言って認めてくんないのよ!
+
「他、なんか気になるものあった?」
またしても速水さんはそう言って、するりと答えを誤魔化す。
「うーん、特にないかな。」
もういいんだ。
速水さんがそうだって言ってくれなくても、速水さんの好みだって勝手に思っておくもんね。
「えっと、サイズはMでいんだよね?」
ん、サイズ?
「はい、そうですけど、」
私身長ないですから……ってなんでサイズ?
……え、まさか?
「これ今日プレゼントね。」
目線がぶつかったタイミングで、ポンと彼は私の頭に手を置いた。
「え!ちょ!速水さん!?」
待ってと声をあげる私をまたも無視して、勝手に彼はそそくさとレジへ服を持っていく。
慌てて背を追ったが、彼の手中に収められているワンピースにようやく手が届くというところで、
「お預かりしますね。」
と、今度は店員さんに取られてしまった。
「速水さん、ちょっと!」
「市田うるさい。」
しーっと口元に人差し指を軽く当てて、スマートにクラッチバックから財布を取り出す彼。
既に店員さんがお会計をしてくれているわけだし、
他のお客さんもいる手前、それ以上わーわー騒ぐわけにもいかない。
うー、勝手なんだから!
大体なんのプレゼントなんですよ!
私、誕生日でもないし、今日はデートってだけでしょうがー!
「ありがとうございました。」
結局何もできず、そのうえご丁寧にお店入り口まで見送られた私たち。
「はい、どうぞ。」
紙袋に包まれたそれを店員さんから受け取ると、速水さんは私に渡してくれた。
「……ありがとうございます。」
言いたいことはケッコウあるけど、とりあえずはとりあえずはそう、彼に甘えてこぼしておく。
けど、
「速水さん?」
3秒後には耐えきれず、すぐに何のプレゼントなんですかと追及してしまった。
+
それが正しいのかそうじゃないのか分かんないけど。
うーん、本当どっちが可愛気があるんだろう、今みたいに謙遜するのと、素直にありがとうって受け取るの。
「まーまー。」
肝心の彼はから返事してるけど。
おまけに今度はどこへ向かおうとしているのか足の方向は通路右。
でも、なんだかしてもらってばっかりというか、今だってリードもしてもらってるわけ、だし。
素直にありがとうとは、とてもじゃないけどすぐに言えないよ…。
彼の横一歩後ろを歩きながら、私の頭はだんだん下がっていく。
「市田。」
「はい?」
ぱっと私は頭を彼にあげた。
「次のデートとは言わないから、いつか着てるとこ見せてね。」
くすっと緩む彼の目、またもポンと撫でられる私の頭。
なんでだろうな、さっきまでうだうだ考えてたってのに、
「……しょうがないな。」
そうやって速水さんに優しくされると、可愛くない返事でさえ平気でできちゃうのは。
買って貰ったばかりの服の袋を掴んでいる左手にも自然と力がこもっっちゃうし。
私って単純すぎ…?
「今度は速水さんにプレゼントさせてくださいね。」
「俺はいーよ。」
「なんでですか。」
自分だけプレゼントしてくれといてそれはないです。
「はいはい。」
くすくす私たちは歩きながら笑いあう。
「あ、市田。」
「へ?」
と、突然グイッと私の体が彼の腕に丸め込まれて、その勢いで私は一歩前へ。
「あ、すみませんっ。」
人にでもぶつかりそうだったのかな。
支えてくれた彼の腕が離れていく―――最後、不自然に彼は私の右手に彼のそれを沿わせながら…
って、これって。
「……」
「どうかした?市田?」
「な、なんでも!」
さっきとは別の理由で私の頭が下がる。
「手、つないでるだけなんだけど。」
くすっと速水さんは私の反応を楽しみながら、意地悪く笑った。
+
「もう映画の方行く?いつの間にか時間経ってる。」
そのまま携帯で時間を軽く確認する速水さん。
「あっ、じゃぁ…」
こくこくと私は何度か頷く、
「市田ちゃん、まだ照れてんの?」
「う、うるさいっ!」
そう耳にぼそっとからかいを落としてきた速水さんをとりあえず無視して。
「向こうですよね?」
「うん、だね。」
再び3階へとあがり、エスカレーターからシアターまでは距離にして200メートルぐらい。
ってそれはちょっと言い過ぎかもだけど、ここから一番離れたところにあるのは確か。
雑貨屋さん、コスメなども3階にちらほら見えるなか、
そんなショップの前を通り過ぎてメイン通路をひたすら歩いていく。
周りががやがやしているせいか、速水さんは特に話しかけてこない。
ただ、手はぎゅっとつながったまま―――速水さんの手、冷たいや。
何も言ってこないのをいいことに、何気なくきゅっと私は握り返した。すると、
あっ。
それに反応するように、速水さんもぎゅって力をこめてくれる。
ふふふっ、意識的にじゃないと思うけどなんか嬉しいな。
えーい、もう1回握っちゃえ。
またまた私はぎゅって手に力を籠める。
と、
「何にやにやしてんの?」
「うへ!」
いつの間に顔を見られてたのか、速水さんが急に私に声をかけてきた。
「なに、その反応。」
続けてくすくすと笑い始める。
「だ、だって!」
急に話しかけてくるから!
あわあわしながら言葉を返した私を見て、ますます笑う彼。
「うへだって。」
「も、もう!」
すぐからかって!
「はいはい。手、つなげて嬉しんだよね。」
きゅっとまた速水さんは私の手を握りしめる。
そうしたらおとなしくなるって速水さんは分かってるみたい。
「うー。」
いつの間に私の扱い上手になったんだよ。
それでも若干頬が緩んでしまっているのを自分でも感じながら、きゅっとまた手を握る。
ついにお目当てのシアターに着き、映画を見ている間はさすがに手を離していたが、
2人で1個頼んだポップコーンをとるときにはたまに手が触れて、繋いでいる時よりも逆にどきどきした。
+
2時間弱の上映が終わると、シアター内がパッと明るくなり他のお客さんにつられて私たちも席を立つ。
「面白かったね!」
「やばい、アクションが!」
そう周りから聞こえてくる通り、トランスファーマー1の番外編という位置づけにそぐわず、本編に負けず劣らずのアクションシーンばかり。
そのせいか、他のシアターから出てくるお客さんに比べても
若干私たちのシアター内のお客さんは興奮ぎみだ―――私も当然その中の一人。
まぁ速水さんはシアターから抜けてすぐ、心配そうに
「思いっきりアクションものだったけど、大丈夫だった?」
って気にかけてくれたけれどね。
でも全然心配の必要なしなんだよね!
むしろ大興奮だし、何ならDVD化されたら買ってしまいそうなぐらい。
「また最新作公開されたら二人で来ましょうね。」
ポップコーンの器と、ジュースを片づけながら速水さんに笑いかける。
「あぁ広告で流れた奴?」
私はこくんと頷く。
実は上映前の広告で最新作についての軽い映像が流れていたんだ。
どうやらあと2、3回ほどでトランスファーファーマーは完全に終わってしまうみたいだけれど。
「ああいうのって、3、4年は待たされるよ?」
「気長に待ちましょう!」
同じく片づけを終えた速水さんが近づき、私の手を握ってくる。
「ふふふっ。」
「にやけすぎ。」
これが映画マジックなんだろうか。
変に意地っ張りな私が、その時はやけに気持ちを表情に出せてしまった。
それこそ、「幸せだなぁ」ってぽろっと口に出しそうになっちゃうぐらい。
やっぱり私って単純だ。
+
「この後どうする?
今、14時だけどお腹減った?」
「うーん、速水さんはどうですか?」
ポップコーンだけでお腹がおきるわけないと思うけれど、
グーグーお腹が鳴っちゃうぐらい空いてる感じもしていない。
そういえば、どっかで聞いたことがある。
好きな人の前じゃ食欲がなくなっちゃうって。
「俺もあんまりだけど、どっかでコーヒーとりあえず飲もっか。
ちょっと座りたいよね?」
きょろきょろと彼はあたりを見渡す。
速水さんもあんまりだってと少しだけ嬉しくなりつつ、
私達はフードチェーンが多い1階へと降りることにした。
「あ。」
と、あることを私は思い出す。
「どうかした?」
「タバコ大丈夫ですか?」
今日、1回も休憩取ってないですけど…
「ありがと。
でも、仕事中も我慢してるしそんぐらい大丈夫だから。」
彼はそう言って歩くのを止めない。
けどやっぱり。
「私トイレ行きたいので、速水さんもどうぞ!」
これからずっと付き合っていくわけだから、こういうことも自然体でやっていけたらなって思う。
好きな人のことなんだもん、
タバコの一つぐらいって考えの人もいるだろうけど、そういう小さいところも私は気遣いたいな。
「市田、嘘つくのへたくそ。」
「嘘じゃないですー。」
トイレ行っときたいなって少しは思ってたもん。
そりゃまだ我慢できるけど。
「はいはい。お言葉に甘えるね、じゃぁ。」
しょうがないやつだななんて顔で、変な笑顔を浮かべつつも、ポンと彼は私の頭を優しく撫でた。
+
そうして私はトイレついでにお化粧直し。
速水さんは上映前トイレを済ませたから一服だけしてくるみたいで、トイレをすぐでたところにあるベンチで集合を約束した。
その後一角にあるモダンなカフェに立ち寄り、しばらく談笑。
コーヒーと付け合わせに頼んだ今何かと流行りのパンケーキが美味しかったこともあってか、
映画の感想から話は始まり結局1時間以上お店に滞在していた。
「空いててよかったですよね、本当。」
夕方に近い時間帯だからなんだろうなぁ。
お昼の時間とか、混んでる時間帯じゃとてもじゃないけどゆっくり食事取れないもんね。
「じゃぁそろそろ出ようか。」
「はい。」
彼と私は立ち上がる。
そこでまたても速水さんにしてやられてしまった。(御食事代のハナシ)
お腹をみたしてからも、そこから雑貨屋さん、本屋さん、おもちゃ屋さんなどいろんなお店を見て回る。
雑貨屋さんだと速水さんが今欲しいらしい観葉植物を見て。
本屋さんだと彼が今読みたいと思っている本、おもちゃさんだと子供時代よく遊んでいたものを教えてもらったりした。
「次、あそこ入ってみる?」
「はい。」
速水さんの掛け声でまた新たなお店を開拓し始める私たち。
今度入った雑貨屋さんは主にキッチングッズを扱っていた。
+
それにしたってなーんか、心配して損しちゃったなぁ。
デート始まる前は、映画見ている間大丈夫かなとか見た後何するんだろうとか不安でいっぱいだったけど。
今は、楽しいに尽きるし、まだまだ一緒にいれたらなぁ…って思ってるし。
ちらっと彼の横顔を盗み見る。
もっともっと速水さんのこと、知りたいな。
いっぱいいっぱい今日みたいにおしゃべりして、一緒に過ごして。
それに、手だけじゃなくて―――もっともっと触れたい、かも。
例えばぎゅーってして、好きだよって言葉を彼の口からきいて。
「市田?何かいいものでもあったの?
俺の顔じーっと見てきて。」
「あっ!いえいえいえいえ!」
やばいやばい!
ほしいモノどころか、もっと不埒な理由で速水さんの顔を見てたなんて言えない。
「何でも言えよ。」
優しく笑って、彼はシンプルなマグカップを手に取ってみせた。
こくんと頷いて、私は別の商品を手に取る。
速水さんも何か欲しいものがあったら言ってくれないかなぁ。
さっきからそうやって手に取ってみるだけで、特にほしそうにしないし。
普段お世話になってるんだから、お返ししたいんだけど。
まぁそう伝えたって、あの速水さんが簡単にプレゼントさせてくれるわけないか……。
私はコトンと手に取ったコップを棚に戻した。
+
「市田?」
「はい。」
すると丁度良く他の棚を見ていた速水さんが傍に寄ってくる。
速水さんも一通り見終わったのかな。
やっぱりめぼしいものはなかったらしく、何も手に持ってないけど。
「もうそろそろ店出る?」
「そうですね。」
私も全体的にここのお店の商品見終わったし……
「次、どこ入りますか?」
あとどこ見てないっけ。あそこは行ったし、あそこも―――。
「あ、違うくて。」
「ん?」
「気づかなかったけどもう18時らしんだよ。」
「え?」
あそこと顎をしゃくった速水さんと同じところに視線を向けると、
お店の物と察しがつく時計の短針が確かに6を指している。
いつの間にそんな時間経ってたんだろう。
映画を見終わってから時間が経つのがとっても早い。
「遅くなるといけないから。」
帰りも混むだろうし。
「あ、そですね。」
店出るってこのデパート自体をってことだったんだ。
あはは勘違いしちゃった、ちょっと…恥ずかしい。
私たちはそのまま駐車場へと戻り始める。
「ごめんな、大したことできなかったな。」
「ややや!すっごく楽しかったですよ!とっても!」
映画自体もだけど、いろんなとこ二人で回れてまた速水さんのことを知れた気がした。
逆に、私がどんな人かってことも知ってもらえたと思うし、、
まぁでも、
「正直なこと言うと…ちょっと私緊張してたんですけどね。」
昨日も興奮しちゃってなかなか寝れなかったぐらい。
「速水さんは…」
そんなことなかったろうけど、さ。
そこだけは伝えず私はまるっと飲み込む―――けど、
+
「大丈夫、丸わかりだったから。」
くすっと笑って速水さんはポンと私の頭を撫でた。
「…またからかってます?」
「よくわかったね。」
「もう!」
そう言って振り上げた手は、うまくごめんごめんと彼に交わされる。
「まぁ俺も緊張してたけどね。」
「え?」
「何でもない。」
「ちょ、速水さん!」
聞き返そうとしたが、丁度よく車へとついてしまいすぐに速水さんは乗り込んでしまった。
聞きなおすタイミング失っちゃった。
私もおとなしく助手席へと座る。
「市田疲れてない?」
「私は大丈夫ですけど、速水さんは?」
「そんなやわじゃないよ。」
でもありがと、と彼はつづけた。
「じゃぁ車出すね。」
「あっ……。」
「ん、どうかした?」
「や、なんでも。
…混んでないといいですね。」
微笑みを落として私はシートベルトを締める。
やっぱり帰っちゃうんだよね。
いざデートが終わるとなると、なんか急に寂しくなってきちゃった。
カチャンとベルトがハマる音が車内に響く。
「速水さん?
エンジンかけないんです…」
「市田、お腹減ってる?」
「え?」
お腹?
「肉、すし、パスタ。」
ぱっと彼は中の指3本を立てらかす。
「まだ俺も一緒にいたいんだけど。」
+
「今日は本当にありがとうございました。」
アパートの駐車場。
助手席から降り、運転手側に回った私は彼にこの日のお礼を告げる。
「夕食も結局ごちそうになってしまって……」
そう同時に、一銭も出させてくれなかったレジでの光景も脳裏に思い浮かべていた。
―――速水さんが提示してくれた、3つの中から私が選んだのはパスタ。
お寿司も最近食べていなかったから特にその2つで悩んだのだけれど、
それでもパスタを選んだのは、先日テレビで見たパスタ特集が関係しているのかもしれない。
まぁパスタだけじゃなくて、ピザとか豪華なデザートも頼んじゃったんだけど…。
それも、速水さんがいつの間にか会計しててここでもおごりという……。
「おいしかったんだろ?」
「そりゃもう!」
パスタはミートが濃厚で!ピザはチーズがとろんと!
「ならそれだけで俺は満足。」
私を納得させるように速水さんは優しく微笑んでくる。
けど……
「あの、でもやっぱりすっごくご馳走になっちゃったんで、今からでもお代を払いたいんですけど…」
「帰るぞ、そしたら。」
全開にしている運転手席の窓を速水さんは一段あげた。
まるで意地でもお金は受け取りたくないとばかりに。
「もう…」
分かりましたから、窓開けてくださいと仕方がなしに頼む。
満足そうに彼はうなずいた。
「疲れた?」
「うーん、どうでしょう。
緊張疲れしちゃったかもです。」
「なんだよ、緊張疲れって。」
ふふふっと私は笑う。
「速水さん、家についたら連絡くださいね。
心配ですから。」
「ちゃんと帰れるって。」
「分かんないですよ。
事故とか事故とか事故とか。」
「事故しかないじゃんか。」
「だって事故でしょう―よ。」
今度は彼がハハハっと笑った。
「じゃぁ…そろそろ帰ろうかな。」
21時近いし。
「そですね、本当ありがとうございました。」
「ん、分かったから。もうありがとう聞き飽きたよ。」
そう笑いながら告げてきた彼の冗談に「えー?」と思わず破顔してしまった。
「じゃぁ市田、ちょっとこっち。」
「なんですか?」
すると彼はもっと近く近づいてとばかりに小さく手招きしてくる。
「……もしかして、」
速水さん
「助平なことしようとしてます?」
「助平って……。」
「まぁ、あたり?」
「なんじゃそりゃ、!」
ふふふっと笑いながら私はまた一歩彼に近づく。
「じゃぁまたあとで。」
軽い“それ”をして(助平なこと)、速水さんは自宅へと戻っていった。
痛い返事
映画デートから2週間が経った。
別段特に変わったことはない。
ただ一つ上げるとするならば、その後の連絡で毎週金曜日は一緒に帰ることになった。
もちろん誰にも見られないように。
待ち合わせはあの書店。
時間差で退社。
だいたい、私がさき。
速水さんいわく、私が後だと顔がにやついて怪しまれそうだから。(そんなことないやい)
仕事が本当にあっぷあっぷなときは無理かもしれないけど、
一緒に帰りたいから意地でも金曜日に仕事を回さないようにしてる。
この日はそんなうきうきの金曜日―――。
「市田!」
「はーい!」
お昼をとり終えて30分も経たないうちに長嶋さんに私は呼ばれた。
「この間頼んだ企画書どうなってる?」
えっと、それなら……
「あと一週間ほどで提出できると思います。」
「順調だね。ありがとう。」
大事な報連相。長嶋さんは相談しやすい空気をいつだって出してくれるから本当に助かってる。
「用件ってそれですか?」
「あぁううん。」
長嶋さんは軽く首を振った。
「来月から取り掛かる仕事があって、商店街で行うイベントなんだけど。
それを市田に手伝ってもらいたいと思っててね。」
「はい!」
商店街か……また時間あるときに資料室で勉強しとこうかな?
「まぁ来月からで全然間に合うから、それは大丈夫なんだけど。
なんか下の部署が若干人手足りないらしくてね。
市田もし余裕があったら手伝いに行ってあげてくれないかな。」
+
「で?雨宮さんの所手伝ってんの?」
書店から10分ほど車が進んだところだった。
意外にも速水さんから聞いてきた、今日雨宮さんと仕事してた?って。
「今わたし落ち着いてるんで。」
それに雑務ですし―――しなくちゃいけないことだけど、でもするのは面倒なそんな感じの。
「速水さん下の部署にいるところ見てたんですか?」
「見てたんじゃなくて、見かけたの。
まぁそういう理由なら納得だけど……。」
信号が赤で止まっている為、速水さんはじっと私を見つめる。
「大丈夫か?」
「え?」
「いや、そういうのが一番疲れるだろ?
器用じゃないのに、長嶋のヤツ……。」
はぁと彼は一息こぼす。
「大丈夫ですよ!
それにほら!内川くんだってしてたじゃないですか、前。」
一時彼も下の部署の手伝いしに行ってたんだよね。
「いやあれは、完全貸出しだったから。
それでも俺躊躇ったのに、アイツもいろいろ下手なとこあるから。」
「うん。」
いろいろ下手かぁ。
彼の不器用なやさしさにくすっと思わず笑いがこぼれる。
「いつまですんの?」
「んー、来月新しく仕事が入るんで、それまでですかね?
商店街のイベントが入って!」
「てことは丸々1か月ぐらいか……。」
彼はそこで口の端を軽く緩める。
「その仕事早くしたくてたまらないって顔してるけど。」
「えへへ!」
彼はポンと私の頭を撫でる。
+
「辛くなったらいつでも頼れよ。」
「だから大丈夫ですよ。」
心配し過ぎですとまた私は笑う。
そんな私をじっと見て、ぶつが悪い表情を一瞬浮かべて、
「……仕事の心配だけしてるわけじゃないんだけどねぇ。」
そう言って私の頭に置いていた手を離した。
「え?」
小首をかしげた私を無視して、彼はアクセルペダルを踏み始める。
明らかに何かおかしい。
でも、彼はそれ以上何も言おうとしない。
もしかして雨宮さんとのこと、気になってるのかな。
いやでも……速水さんの前でそんなに話したことないし――――まさか、ねぇ?
それともやっぱり、単純に私がぶきっちょだからいろいろ考えることがあるのかな。
「市田?」
「は、はい!?」
「…何すっとんきょんな声あげてんの?」
「あぁいや。」
素直に雨宮さんのこと気にしてるの?って尋ねて、答えてくれる速水さんじゃないしなぁ。
「もう着くよ。」
「あぁ!もうですか!」
「うん。混んでたの途中までみたいだわ。」
彼はそう言って、私のアパート近くの信号を右に曲がった。
「はい、到着。」
それから数分経たないうちに駐車場に入る。他の部屋の人たちも既にお仕事から帰ってきているみたいで、お利口に全部埋まっていた。
「今日もありがとうございました。」
「いいえ。」
私はシートベルトをかちゃんと外す。
「じゃぁまた、月曜日……。」
「うん。」
速水さんの返事を聞いて、またうんと私は頷く。
それでえっとうんと、若干の沈黙のあと。
「こっち向いて。」
「っ。」
そんな甘い彼の声を聞いて、ちゅって1回キスする。
「はずい?」
その後彼は絶対そんな風に聞いてくる。
私の顔が火照って何も言えないことをいいことに、
速水さんの鼻が私の鼻に触れるようなそんな距離で、
私の頬を彼の左手が包み込んで、
「あっ」
今日は意地悪だと思った。
先週送ってもらったときもこんな風にキスしたけど、
「速水さ……」
彼の唇は首にも何度も落ちた。
ようやくそれは私から離れて、
「おやすみ。」
片腕でぎゅっと私を抱きしめる。
「速水さん?」
そうしてみた彼は、ほんのちょっとだけまだ私のことを心配してるみたいだった。
+
次の週、早速私は下の部署の手伝いに参加した。この間の金曜日は手伝いといっても、実質その半分が説明みたいなもので、別段特に役に立ってない。
実質、この今日月曜日からが本当のスタートだ。
自分の仕事を午後14時ごろに切り上げると、私は階段をおりてった。
「失礼します。」
扉をあけると同時に、
「お疲れ様です。」
と何人かの社員さんに挨拶を貰う。
「……雨宮さんいらっしゃいますか?」
近場の人にそう尋ねるとこっちですと奥の部屋に案内された。どうやら下の部署も上の階とフロア自体は同じ構造らしい。
「雨宮さーん。市田さん来られました。」
部屋の扉は開けっ放しだった。あまり大きくない部屋の中央にテーブルがあって、その上には書類が散らばり大きな赤色青色の布なんかも置いてある。
その周りで雨宮さんを含め、3人で作業をしているらしく、床には多くのごみも落ちている。
雨宮さんの部署は、こういう主にイベントを行う上での道具やら機材やらを準備したり、
作ったりするところだから私にとってはその光景そのものが新鮮でしばらく黙ってみたいとも思ってしまった。
「あ、市田さん!もう手伝いに来てくださったんですか!」
「はい。」
傍に寄ってきてくれた彼にぺこりと私は会釈する。
「助かります。猫の手も借りたい状況といいますか……」
部屋の様子を見ながら苦笑いを浮かべた。
「今は何の作業中ですか?」
「あぁこれはデパートでやるヒーローのショーの準備で。」
どうぞ入ってください。
彼はテーブルの上の書類の一枚を手に取った。
+
「ラビッターっていう今子供たちに人気のヒーローらしんですけど、市田さん知らないですよね?」
これなんですけどと見せてくれたそこには、頭に二つ耳が生えた体の右半分が青色で左半分が赤色のスタイリッシュなスーツのウサギがうつっている。ウサギといっても、顔はケッコウ凛々しく眉もごっそりふと眉で、今これが子供たちに流行っているとは若干信じがたい感じ…。
「あ、でも見たことあります。
cmで今飲み物とコラボしてないですっけ?」
まさか子供たち向けのヒーローだなんて思いもよらなかったけれど。
するとそこで雨宮さんは
「お!さすが市田さん!」
おめが高い!と変に興奮の声をあげた。
「まさにそのcm繋がりなんですよ、これ。」
「えぇ?そうなんですか。」
彼はこくっとうなずく。
「まぁ基本はその会社で小さなスーパーとかを周ってしてたみたいなんですけど、そこのデパートって結構大きいじゃないですか?
それでちょっとうちが噛むことになって。」
「へぇ……。」
なんかうちの会社って結構すごいのかな……?
だって、あの飲み物ってみんなが飲むような一流企業のあそこのでしょう?
雨宮さんもそんな風に驚いている私に気が付いたのか
「すごいですよねぇ。」
と同調してくれる。
「速水さんが持ってきたのなんですけどね。」
「え?」
私の声に彼はこくっと頷いた。
「どうやって獲得したのかとかまではさすがに知らないんですけど、まぁ速水さんなら驚かないというかさすがやり手の営業というか。」
「は、速水さんってそんなすごいんですか?」
「そっか、市田さんはそんな営業の人と関わることないから知らないですよね。
あのひと本当すごいんですよ。
長嶋さんから聞かないですか?」
「いえ、全然……。」
飲みの場の時もそんなことはちっとも。っていうか肝心の本人でさえ、ちっとも進んで自分の仕事のことは話してくれたことないし。
「へぇ……そうなんですね。」
そんな大きな営業が成功したなら教えてくれたっていいのになぁ。自慢してくれたっていいのに……。
+
「さてと、じゃぁまず市田さんには、とりあえず昼便きた荷物の確認をして頂いて……」
「はい。」
「で、みんなに配っていって頂けると助かります。
あとは出してもらいたい資料があるのと、倉庫から同じく出しとってもらいたいものもあって……。」
「はい。」
これは思ったよりも大変そうだぞ……。
「まぁ主に宮崎っていう娘がする仕事なんですけど、彼女もいろんな人の手伝いでいっぱいいっぱいになっちゃってて仕事が進んでなくて。
だから一緒にしてもらったら、一人じゃ絶対分からないと思うし。」
雨宮さんは大丈夫、そう言って安心させるように微笑む。
「宮崎ー!市田さんお願いね。」
ひょっこり廊下に彼は顔を出すと、声をあげて彼女を呼ぶ。
「はぁーい!」
と返事が聞こえてくると、
彼は「あとは彼女がしてっていうこと手伝って貰ったら大丈夫ですから。」
と言ってお願いしますと頭を軽く下げる。
「ごめんね、僕がついてあげるのが一番いいんですけど。」
「いえ。
それじゃお手伝いの意味がなくなっちゃいますんで。」
ありがとうございますと私は微笑む。
「では。」
私は部屋を後にして、宮崎さんと思われる娘に駆け寄っていった。
+
宮崎さんはとても落ち着いた人だった。細かいところにも目が行き届くし、一つ一つが丁寧だし、想像した通りといえばそうだが、それで私よりも年齢がひとつ下だというのだから驚きだ。
それに私が少しでも困っている素振りをみせたら、「市田さん大丈夫ですか?」そう言って私にすぐ声をかけてくれる。
「雨宮さんによくよく言われてますから。」
そう言って微笑む表情は、まだあどけなさを感じれてそのギャップに私はやられてるんだ。
たぶん私だけじゃなくて、下の部署全員そうなんだろうけどね。
そんな彼女のおかげで最初の一週間はどうにか乗り切れ、例の金曜日。
「市田さんそれ終わったらあがってもらっていいよ。」
7時をまわったくらいに、パソコンに向かっていた私へ雨宮さんがひょこっと声をかけてくれた。
隣で作業していた宮崎さんも「私あとやっておきますから、お疲れさまでした」と言って促してくれる。素直に甘えると私は挨拶をして、自分の部署へと戻った。
上の部署もまだ結構な人が残っていた。といっても、下の雨宮さんたちの部署ほどではないけれど。だって下の部署はまだ全員といってもいいぐらい残ってたもんね……。
そりゃ大して力になれない私の手も借りたくなるはずだよ。
「お、市田あがり?」
そう声をかけてくれた長嶋さんに
「戻りました。」
と一応の報告を終える。
「今日もありがと。疲れただろ?
助かってるって下の子よく言ってるよ。」
「いえいえ、全然。」
そう否定しながらもわざわざ労いの声をかけてくれる彼の言葉は、私の疲れにじーんと染みた。
「長嶋さんもそろそろ帰られるんですか?」
彼のデスクの上が片づけられているのを横目に尋ねると、
「あぁうん、今日はね。
週末はゆっくりしておいで。」
と珍しく飲みに誘ってこない彼―――私、疲れた顔してんだろうなぁ。まぁ今日は速水さんと帰る日だから誘われてもごめんなさいする予定だったけど。
「お疲れさまでした。」
鞄を持って私は会社を後にする。
+
出てすぐに携帯を私は開いた。
着信一件、速水至。
そう画面にすぐに表示される。
基本連絡も私からだけど、そうして彼から連絡が来ているあたり、今日は随分と早く仕事が終わったのかもしれない。
会社を出る途中に、彼の部署の方をちらっと覗いてもいる気配は感じられなかったしね。
周りに会社の人がいないかあたりを一応警戒して、信号を待つ間に電話をかける。
プルル――とワンコール、ツーコール…信号が先に青になった。
そのタイミングでプっと音がして
「もしもし?」
彼の低音が私の右耳に聞こえてくる。
「あ、速水さん?」
「ん。お疲れ。今出たとこ?」
間髪入れずそう聞いてきたあたり、車と音響信号が向こうに聞こえてるんだろう。
「はい。えっと本屋行けばいいですか?」
「いいよ、そっち向かう。
コンビニでい?」
「それはもちろん。でも本屋でも大丈夫ですよ。」
速水さんいてくれるなら…
「すぐ行くからそこいて。」
「……うん。」
全部言い終える前に帰ってきた言葉に私はおとなしくうなずくと、
信号を渡って3分も経たないうちにあるコンビニに足を踏み入れた。
そのまま中に入らずに、かといって店前で待つのは目立ってしまうので、若干影になってる建物横にひっそりと佇む。
「こわくない?もう着いた?」
頃合いを見て彼がそう尋ねてきた。聞くと、通話をスピーカーモードにしているらしく、おかげでずっと電話は通話中。
「着きましたよ、横に立ってます。」
「分かった。今、信号待ち中。」
「うん、分かるよ。」
たぶん指示器の音。止まってるからずっとカチカチ電話向こうでなってる。
+
「もう着くから。」
続けて彼が口を開く。
「うん。」
とは言わなかった、
「早く来てよ。」
そんな風に私は言ってみた。どうしてだかは分からないけど、あれかな、疲れのせいか甘えたくなってるのかもしれないな。
「速水さん?」
そんな私の言葉に驚いてるのか、変に思ったのかなかなか返事をしない彼。
なんちゃって、冗談ですよと私は紡ぎかける。
でも、そうする前に彼が返してくれた言葉も意外やいがい。
「うん、会いたいね。」
「え?」
「なんか俺も早く会いたい。
市田会ったらすぐぎゅーして。」
「……なっ。」
なんつー破壊力あることを…!
すぐに自分でもかぁっと頬が上気したのが分かった。
そんな私を無視して、
「あ、もう着く。」
一方の彼は冷静にぽつり。
「え!」
ちょ、ちょっと待ってくださいよ!どんな顔して目を合わせたらいいか分かんないだけど!?
すぐにブーンと見覚えのある車が駐車場に入ってきた。私の目の前に彼は車を止めて、一言―――「着いた。」
「ばか。」
携帯をそのままに私は助手席にドキドキしながら乗り込む。
「あれ、ぎゅーは?」
間髪入れず笑いながら手を広げて見せる彼。ネクタイも軽く緩んで、すっかり会社おわりの速水さん。
「し、しませんよーだ。」
まだ火照ってる頬を隠すように、彼の香りに酔いそうになりながら、カチッとシートベルトをしめて私は無視。
「つれないな。」
速水さんは少しだけ不満そうに、でも笑いながらいい加減電話切らないとねと通話終了ボタンを押して見せる。
+
そのまま彼は帰路へと車を走りさせ始めた。煌びやかな4車線ある表通りを信号に一度もかかることなく、車が通り抜けていく。
「今日は速水さん早く終わったんですね。」
そんな様子を見ながら早々に私は口を開いた。
「あぁうん、結構ね。
ちょうどキリがよかったから。
今日はあんまり内川に邪魔されなかったし。」
そう話す速水さんは確かにいつにもまして余裕な様子。顔も疲れを感じさせないし、表情を崩す速水さんにつられて私も笑ってしまう。
「市田は?
あんまりデスク座ってるとこ見かけなかったけど。」
「あぁ今日夕方前ぐらいからもう下の部署に行ってて。」
速水さん私のこと仕事中も気にかけてくれてたんだな―――心配させといてなんだけど、にやついちゃうよやばいやばい。
私は手で自分の口端をきゅっと持ち上げる。
そんなお気楽ぽんちな私を知らず、
「そんなに早く手伝いいって大丈夫?
仕事もだけど気づかれするだろうし…」
なんてまだ案じる彼。
本当に心配してくれてるんだろうな、珍しく私みたく彼の眉が八の字になってるし。
まぁでも、速水さんて…
「ちょっと過保護。」
「誰がだ、こら。」
あ、やばい口から洩れてた。
「あ!
っていうか私聞きましたよ、雨宮さんから!」
「なにを?」
「ラビッターのCMの!速水さんが獲得してきたって!」
知らないなんて言わせないぞ。雨宮さんから全部聞いてるんだから。
「今私、その手伝いをしてるんですよ。」
直接的には雨宮さんだけど。本当の本当に間接的にだけど。
「あー、あれか。
そんな獲得してきたっていうようなもんでもないよ。」
ただそこの会社の人とたまたま知り合いってだけで。本当偶然。
「だからそんな目を輝かせられると困るんだけどなぁ。
市田ちゃん?」
「え?」
ちらりと覗いてきた彼の視線に、一瞬どきっと心臓が跳ねる。
「そんな嬉しんだ。」
「……う、嬉しいですよ。」
速水さんと一緒に仕事できてるみたいで、力になれてるみたいで。
速水さんが思ってる以上に、ケッコウけっこう興奮してる。
+
「本当かわいーな、お前は。」
信号に捕まったのをいいことに、ぐしゃぐしゃ彼は私の頭をかき撫でてくる。
「もう……絶対ばかにしてる。」
「はぁ?かわいーって言ってるじゃん。」
笑いながらもう一回速水さんは私の頭をぐしゃぐしゃ。
「違います。その言い方は違うもん。」
かわいーって横文字が入った時点で、子供っぽい可愛いって意味だもんね。
「もうぐしゃぐしゃ禁止!」
なんだそりゃと笑いながらつぶやく彼を無視して、パッと彼の手を掴むとハンドルへと半強制的に戻す。
「まぁとにかく俺がダイスキってことだよね。」
にもかかわらずからかいをやめない速水さんに、
「ほら!信号赤ですよ!」
そうしてようやく逃げ切る。
そりゃ大好きだけどさ、そりゃそうなんだけどさ。
「……速水さんの意地悪。」
「益々かわいー。」
最後にたまらず私はべーっと舌を出した。
「そういえばさ。」
「何ですか?」
次からかってきたら無視してやるんだから。彼は私の家近くの信号を右に曲がる。
「この間映画見た時さ入ったカフェで話してたじゃん。」
「はい。」
初デートの時のことだよね。
「で、そん時映画またいっぱい借りようかな~ってぼそっとつぶやいてたじゃん。」
「んん!覚えてます、覚えてます。」
確か大興奮しちゃって、映画を制覇したくなったんだっけや。それも洋画に限ってとかじゃなく、いろんな映画で。
「結局なんか借りたの?」
彼はそう尋ねてきながら、私のアパートの駐車場に車を進めた。
「それが…まだ。」
どうせ見るならゆっくり週末に楽しみたい。だからいつもだいたい金曜日に借りに行ってたんだけど最近は速水さんと一緒に帰ってるから、借りるタイミングを正直見逃してる。
+
「もしよかったら来週レンタルショップ寄りません?
速水さんおススメのとか知りたいし…。」
どうかな?
ちょっと緊張してしまった私は、解かないでまだいるシートベルトをきゅっと両手で握った。
「あ、いやそりゃいんだけど。」
「うん?」
けど?ぱっと私は視線を彼にやる。
すると彼は珍しく慎重な様子で、頬を人差し指で二度かいて。
「ていうか俺の家に来ないかなーって。」
「え?」
一瞬私はきょとん。
「あ、いや別に変な意味じゃなくて、俺の家DVDケッコウあるから。
市田と見たら面白いだろうなってこの間話した時も密かに思ってて。」
「あぁうん。」
分かってるよ速水さん。分かるよ速水さん。確かに一緒に見たら2倍は絶対楽しいハズ。
「レンタルショップ行って、何個か借りてちょっと見て…って感じで。」
「うん。」
「どう?
やっぱ何回か来てるからとはいえ、躊躇いある?」
「いやそれは別に……」
そうだよね、急に言われてびっくりしたけど付き合う前には看病しに行ったり、ごはんを食べに行ったり何度かお邪魔してんだ。しかも私本位だったし。
けど付き合う前で“そう”だったんだ。キスとかしてたんだ。
今は付き合ってる―――その事実があの時とは違う。
もしかして、もしかして……?
「別に変な意味じゃないから。」
そう速水さんも言ってるけど、けど
意識しない方が無理だってのー!?
「もうちょっとかかると思ってました?」
私の返答に速水さんはすぐに頷く。
「金曜なんで早く帰るよう気を付けてたんですけど…」
改めて着信履歴を見ると、連絡をくれたのは30分も前。
せっかく速水さん早く帰れれたのに、悪いことしちゃったな。
自然と視線が膝に下がっていくのが自分でもわかる。
「こら。」
「え?」
突如
痛い返事
「今日は本当にありがとうございました。」
アパートの駐車場。助手席から降り、運転手側に回った私は彼にこの日のお礼を告げる。
「夕食も結局ごちそうになってしまって……」
そう同時に、一銭も出させてくれなかったレジでの光景も脳裏に思い浮かべていた。
―――速水さんが提示してくれた、3つの中から私が選んだのはパスタ。
お寿司も最近食べていなかったから特にその2つで悩んだのだけれど、
それでもパスタを選んだのは、先日テレビで見たパスタ特集が関係しているのかもしれない。
まぁパスタだけじゃなくて、ピザとか豪華なデザートも頼んじゃったんだけど…。
それも、速水さんがいつの間にか会計しててここでもおごりという……。
「おいしかったんだろ?」
「そりゃもう!」
パスタはミートが濃厚で!ピザはチーズがとろんと!
「ならそれだけで俺は満足。」
私を納得させるように速水さんは優しく微笑んでくる。
けど……
「あの、でもやっぱりすっごくご馳走になっちゃったんで、
今からでもお代を払いたいんですけど…」
「帰るぞ、そしたら。」
全開にしている運転手席の窓を速水さんは一段あげた。
まるで意地でもお金は受け取りたくないとばかりに。
「もう…」
分かりましたから、窓開けてくださいと仕方がなしに頼む。
満足そうに彼はうなずいた。
「疲れた?」
「うーん、どうでしょう。
緊張疲れしちゃったかもです。」
「なんだよ、緊張疲れって。」
ふふふっと私は笑う。
「速水さん、家についたら連絡くださいね。
心配ですから。」
「ちゃんと帰れるって。」
「分かんないですよ。
事故とか事故とか事故とか。」
「事故しかないじゃんか。」
「だって事故でしょう―よ。」
今度は彼がハハハっと笑った。
「じゃぁ…そろそろ帰ろうかな。」
21時近いし。
「そですね、本当ありがとうございました。」
「ん、分かったから。
もうありがとう聞き飽きたよ。」
笑いながら告げてきた彼の冗談に「えー?」と思わず破顔してしまった。
「じゃぁ市田、ちょっとこっち。」
「なんですか?」
するとそう言って彼は小さく車の中で手招きしてくる。
「……もしかして、」
速水さん
「助平なことしようとしてます?」
「助平って……。
まぁ、あたり?」
「なんじゃそりゃ、!」
ふふふっと笑いながら私はまた彼に近づく。
「じゃぁまたあとで。」
軽い“それ”をして(助平なこと)、速水さんは自宅へと戻っていった。
+
完全に彼の車が見えなくなると、私は見守るのをやめアパートの階段を昇る。
そうはいっても疲れていたのか、部屋に上がってしまうとまずバタンとベッドへ転がった。
傍に先ほど置いたカバンが転がっていて、寝転がりながらそいつに視線をやる。
もう21時なんだ。
そうして開いた携帯の画面には、思ったよりも進んだ時間が載っていた。
まぁそりゃそうか、だってデート楽しかったもん。
去り際にしたキスをはじめとして、頭の中で繰り広げているデートの回想ににやにやと口元が緩んでしまう。
速水さん連絡まだかなぁ。
すっかり惚けている私は、ポチっと文面で連絡するときはそれのアプリを開いた。
って、まだ連絡来てないに決まってるんだけどね。
5分、10分経ったぐらいで家に着かないだろうから。
そう思った通り、速水至と表示されたトークの欄に、新規でのメッセージ到来の印はなされていない。
けど、
「あっ!!!」
やばい!
私は同時にあることにそこで気が付く―――雨宮さんに返事してなかった!
あちゃ~、やっちゃった!
その流れで雨宮さんのトーク画面を携帯全面に開く。
『朝から連絡してごめんね。』
そうして確認しても一番下に来ている最新のメッセージは、やっぱり彼から届いたその文字。
なんですぐ返事しなかったんだっけ、既読だって着けちゃってんのに……。
私はポチポチと文字を打っていく。
速水さんが丁度着いちゃったからしなかったんだっけ?
速水さんに意識が全部持っていかれて、返事するのすっかり忘れちゃったとか、、
私ならあり得る……。
ぽりぽりと私は人差し指で軽く頬をかく。
まぁ、とりあえず返信しないと!
『お疲れ様です、雨宮さん。
ご連絡遅れてしまってごめんなさい。
どうかされましたか?』
打ったそれらの文字を再確認して、私は送信ボタンを押した。
+
すると、彼も携帯を丁度良く触れているところだったのか、数分経たぬうちに返事が返ってくる。
『全然気にしなくていいよ!
急に連絡したからびっくりしたよね?』
それも、優しい雨宮さんらしい返事―――お風呂の支度をしていた私は、湯船にお湯が溜まっていく音を背後で確かめながらひとまずリビングへとまた戻った。
ベッドに腰をかけ直すと携帯に向き合い文字を打っていく。
『正直にいうとちょっとだけ…!』
結構びっくりしたんだけど、そんなことは言えないからちょっとだけ嘘。
『ごめんごめん、いきなり過ぎたよね、!』
『いえ、謝らないでください!
大丈夫ですから!』
そう、10分も経たぬ短い時間の間に何度もやり取り。
一方の速水さんからはまだ連絡が来ていない。
まだ帰らないのかなぁ……
ピコン。
と、速水さんのことを考えるのを止めろとばかりにまた携帯が音を立てた。
半日以上返事を待たせた相手になんてことを!と私は慌てて頭を彼に切り返る。
『ならよかった。
実は結構恥ずかしんだけど緊張してて……!』
『雨宮さんが私に緊張ですか?』
『ですよ!』
『嘘ですね!』
『本当です!』
行き場のない、変なやりとりにくすっと私は何度か笑いをこぼした。
『どうして緊張ですか?』
そうはいっても10分を過ぎているので湯船に入らねば冷めるかと、お風呂場へ私は向かう。
あれ…返事返ってこないな、、
すると、それまで比較的すぐに連絡が返ってきていたというのにぴたりと携帯が音を立てなくなった。
雨宮さんもお風呂……かな?
連絡を返してから入ろうと思っていたのだけれど、じゃぁ私もお風呂を優先していいかなと服を脱ぎ始める。
『いえ、実は市田さんがよかったらなんですけど、
この間約束した飲み行けないかなって。』
そう雨宮さんから返事が届いた時には、すっかり湯船につかって一息ついていた。
+
そうして速水さんとのデートもとい、雨宮さんと連絡を取っての1週経った次の金曜日。
「……ここ、だよね?」
飲む予定の会社近くのバーの前、私は一人その店の看板を見上げた。
雨宮さんから指定されたそこは、当然ながら初めて入るお店。
横に流れる英語のお店の名も、一目につかない隠れ家的な雰囲気も私にちくちく緊張という文字をつつけてくる。
『先に店で待ってます。』
そう15分ほど前雨宮さんから携帯で連絡が来ていたけれど、
「やっぱり待ってもらうべきだったかな。」
気分ももうあと10分ぐらいこうして店前でぼーっとしてたい感じ。
まぁそうしたい理由は自分でも分かってる。
ただでさえ初見のお店で躊躇われるってのに、雨宮さんと飲むのも初めてで、あと―――……
「おーい、ここここ!」
突然聞こえてきた遠くからする誰かの声に私の回想が遮断される。
「そろそろ入らなきゃ、ね。」
飲むだけ飲むだけ。仕事の話するだけ!
ガチャリと私はお店の扉を開けた。
もう13時か……。
そうこう仕事に取り掛かっているうちにいつの間にか時間は経ち、ちらほら昼食をとりに行く人も見かける頃。
長嶋さんが私を呼びながらデスク近くに来た。
「さっきのアンケート余りなかった?」
「えっと、一枚だけならありました。」
ほらここにと、しまっている引き出しを開けて見せる。
「それ、あとで内川に渡しといてくれない?
さっき下の階で内川に会ってさ、隣の部署足りなかったみたいなんだよね。」
「そうでしたか、分かりました。」
忘れないよう早めに渡しに行こうと思いながら、適当なクリアファイルにとりあえず綴じた。
続けて
「あ、もう昼飯はとった?」
長嶋さんはそう尋ねてくる。
「いえ、まだですけど。」
「丁度いいし、今とったら?体もたないぞ。」
「あ、そう……ですね。」
うんと心配気な様子で頷く長嶋さん。
本当は今やっている仕事が終わってから、ご飯をとりに行こうかと思ってたんだけど……
「じゃぁ、これからお昼いただいちゃいますね。」
そういうことならキリの良いところ関係なしに、昼食を先にとっちゃおう。
「うん。」
私の返事に納得したのか彼はデスクに戻っていく。
あ、でもお昼とってたらそのうち忘れてるだろうから、アンケートだけ内川くんに渡しに行こうかな。
ちょっとだけどきどきして私は席を立った。
ちらっと私は彼の横顔を盗み見た。みられていることに気づいていないのか、速水さんは真っすぐ前を見てる。
めがね、私こんな好きだったっけ。
なんか、いつもに増して、速水さんかっこよく見えるような、、
「どうかした?」
「うへ?」
「…なにその反応。」
扉を開けた途端、
「そう言えば今更だけど、」
「へ?」
そう速水さんは待っていたかのように声をかけてきた。
「いやそもそも俺の家に誘ったのって、DVD見ないかって話しだったなぁと思って。」
「あぁ!ほんとですね!」
すっかり忘れたや。私はまたテレビの前に座った。
「せっかくだしなんか見る?眠くなりそーだけど」
「そうですね…」
時計の針は11時前、今から見たら半端なところで終わること間違いなしだけど
「まぁ明日起きて見てもいいしね。」
そう言って速水さんはテレビ台のラックから、何本か出してくれる。
一本はカーアクション、もう一本はスパイのアクションもの。絶対これ見たら泣けちゃうんだろうなぁって奴や、速水さんには少し意外な恋愛ものもある。
「速水さんどういう系な気分ですか?
いっぱいありすぎて私決めれそうにないや。」
「俺が決めたら意味ないじゃん。」
「まぁそうなんですけど……。」
ばかだなぁと彼は笑う。結局、目をつむって選ぶという荒業を使って見ることになったそれは、有名な外国人俳優さんが演じるブラックコメディものだった。
ひとつ明かりを落として、映画を見てる雰囲気に少しでも近づける。音量は夜だから、もちろん小さめだけど。
見始めて15分、映画の世界観が分かり始めたぐらいだったかな、
「寒くない?」
速水さんは三角ずわりして床に座ってる私を気にかけてくれた。
足をかばうように腕をまわしてたから、さむがってるように見えたんだろう、大丈夫だよって答えたのに、いいからとクローゼットから取り出してきてくれたひざ掛けを渡してくれる。
速水さんはそのままソファに横になった。左手を枕代わりにして、すっかりくつろぎモード。速水さんも本当は、私がいるってことにどこか緊張してたのかもしれない。
「面白い?」
「うん!」
よかったと安心したように微笑んでくれた。
+
そのまままた15分、特に会話もしないままぼーっと映画を見る時間が続く。
一緒の部屋にいるってのに、こうも何もないと寂しくなってくるのはなんでなんだろうな。
手を繋いだり、彼の体の一部分に軽く触れてたり、服でもいいから速水さんを感じたくなって、
そのまままた15分、特に会話もしないままぼーっと映画を見る時間が続く。
一緒の部屋にいるってのに、こうも何もないと寂しくなってくるのはなんでなんだろうな。
手を繋いだり、彼の体の一部分に軽く触れたり。
服でもいいから速水さんを感じたくて―――まじまじと見られたらまずいってのに。
「速水さん?」
まさかのまさか寝てたりしないよね?
「ん?」
速水さんは横目で私を見てくる―――よかった、起きてる。
「眠たい?」
「ううん、違うくて。」
なんて言ったらいいかな。寂しいっていうのもちょっと違うし、触れたいってのも恥ずかしくて言えないし。
うじうじと躊躇いながら、私はえーい!とひざ掛けをぱっと広げて見せる。
「ん、なに?市田。」
「……一緒に入りませんか?
まだちょっと寒くて。」
かあっと頬が上気する感覚を覚えながら、私はそのまま俯いた。
可愛くないけど、私って甘えるのやっぱり得意じゃないんだよね。
「はいはい。」
けど、速水さんはそんな私を分かってくれてるから
真っ暗な背景の上を、出演者の名前が一定の速度で下から上へ流れていく。
それを少しの間は黙ってみていた私たちだけど、
「市田。」
「……ん。」
「眠くなった?」
そこで訪ねて来た彼の問いにこくんと頷くと、速水さんはテーブルの上に手を伸ばしてテレビとDVDレコーダーをそこで止めた。
そのまま電気もリモコンでポチっと落とす。
豆球で照らされたお部屋―――淡いオレンジ色の下で彼はゆっくり立ち上がる。
暗いからどんな表情をしているかは分からない。
けど速水さんは「こっち。」と私の手をひいて、ソファから立ち上がらせてくれた。
ひざ掛けはパサリとその場へ落としてく。
そのまま促されるように、私は静かに布団へ入った。
聞き間違いかと思った彼の寝息。
だけど、耳を澄ますとやっぱり聞こえてくるそれ。
ちょ、ちょっと速水さん、
今日ってそういうことじゃないの……??
拍子抜けしてしまった私は閉じていた目をそろーっと開ける。
続けて、ぎゅっと彼の寝間着を握って見せるも反応はゼロ。
動きもなし。
「は、速水さーん。」
小さく名前を読んでみても、効果はない。
これってさっきと同じパターン?
寝てると見せかけて、私を傍に寄ってこさせたソファと同じ時と。
そうだ、絶対そう!
速水さんが私より早くに寝るわけない。
夜更かし得意そうだし、得意そう……だし。
私はまた眼をぎゅっとつむって見せる。
相変わらず、彼に動きはない。
絶対罠なハズ。絶対そう。
けどもしかしたらのことを考えて。
本当は寝てるのかもしれない、そう思ったらそわそわそわそわ。
「ス―っ」
という彼の寝息がまた聞こえてきたところで
だめだ。
私は観念して白旗をあげた。
もういいや、またからかわれたって。
このまま寝るのは寂しいよ。
私、ひょっとすると速水さん以上に“そういう”ことを期待してたのかもしれないな。
あーあ私いつの間に、こんなえっちになっちゃったんだろう。
「速水さん。」
起きてと、私は少し状態を起こして彼の顔近くに寄った。
すると、
「わっ!」
案の定、罠にかかった私は上をとるどころか、真逆の彼の真下へ。覆いかぶさる形をとられてしまった私は彼に完全に捕まってしまった。
「……分かってたんですからね。」
罠だってこと。
負けじと言ってやるも、
「うん。なんか悶々としてるなーってくすくす笑ってた、俺。」
なんて意地悪言うんだから、たまったもんじゃないや。
「あのまま寝てもよかったんだよ。
市田ちゃん。」
せっかく逃げ場所用意してあげたのにと言う速水さん。
「だって。」
私はいじいじと視線を外して、
カチカチ。遠くで時計の針の音がする。
「わ……分かってたんですからね。」
先に口を開いたのは私だった。
「なにが?」
「何がって…。」
だから―――
速水さんの罠だってこと。
寝たふりだったってこと。
「わざと捕まってあげたんですから。」
舐めないでくださいよと反抗的に私は彼の体を押してみる。
「その割には、市田ちゃん悶々としてなかったっけ?」
「……。」
「くすくす笑ってたよ、俺。」
口の端を緩め、おちょくるように私に顔を近づける。
「うー……もう!!
今日の速水さん意地悪だ!いじめられてばっか!」
「ごめんごめん。」
笑う彼に、嫌いだと嘘は言わないまでも、みたくないとばかりに両手で私は顔を隠す。
「愛情表現だから。」
「知らない、聞こえない。ばか。」
「ごめんって。」
彼は笑いながら何度も繰り返した。
そうして、私の手を無理やり剥いでみせる。
「市田。」
「……なに。」
まだいじけちゃってる私はぶすっと返事。
「好きだよ。」
でもだめだ。
そう速水さんから言われたら、どんなに怒ってたって、腹が立ってたって
「……そんなんで許すと思ったら大間違いなんだから。」
「その割には顔がにやけてるけど?」
「あのまま寝てもよかったんだよ。
市田ちゃん。」
せっかく逃げ場所用意してあげたのにと言う速水さん。
「だって。」
私はいじいじと視線を外して、
カチカチ。遠くで時計の針の音がする。
「わ……分かってたんですからね。」
先に口を開いたのは私だった。
「なにが?」
「何がって…。」
だから―――
速水さんの罠だってこと。
寝たふりだったってこと。
「わざと捕まってあげたんですから。」
舐めないでくださいと、反抗的に彼の体を押す私。
だから、ちょっとぐらい引いてくれるかなぁとか思っちゃったけど、
「その割には、市田ちゃん悶々としてなかったっけ?」
「……。」
「くすくす笑ってたよ、俺。」
速水さんは全然負けてない。
それどころか口の端を緩め、おちょくるように私に顔を近づける。
ひいてくれるどころか逆効果。
「うー……もう!!
今日の速水さん意地悪だ!いじめられてばっか!」
「ごめんごめん。」
笑う彼に、嫌いだと嘘は言わないまでも、みたくないとばかりに両手で私は顔を隠した。
「愛情表現だから。」
「知らない、聞こえない。ばか。」
「ごめんって。」
彼は私の手を無理やり剥いでみせる。
謝ったって許してやらないもん。軽くそっぽを向く。
「市田。」
「……なに。」
まだいじけちゃってる私はぶすっと返事。
一方の速水さんはご満悦そうにニコニコ笑って、
「好きだよ。」
そうして、私の頭を撫でた。
「だ、だからっ、そんなことしたって―――!」
「好きだよ。」
今度は私の唇にそれを優しく落とす。
「っ。」
あぁもう…。
ちょろいなぁ私。
そう速水さんから言われたら、
どんなに怒ってたって、腹が立ってたって
「……そんなんで許すと思ったら大間違いなんだから。」
「その割には顔がにやけてるけど?」
「うるさい。」
愛しくてたまらなくなる。
私は彼の体を引き寄せるように手を背に回した。
+
「ばかばか。」
口から漏れる言葉はそれ。
でも手は一向に緩まる気がしなくて、益々強くぎゅっとしちゃう。
強く香る彼の匂いも、その中に混ざる微かなたばこのにおいも。
「……速水さん。」
「なに?」
「私も。」
「え?」
「大好き。」
そう素直にこの時言えたのは、彼の甘い言葉に誘惑されちゃったから。
私は抱き寄せている彼の頭に横を向いてキスを落とす。
「……あー、くそ。」
一瞬彼の体がびくっと反応した。
そうして、先ほどまでのからかい声とは違う調子で
「市田ちゃん分かってんの?」
「え?」
「いま、どういう状況か。」
速水さんは私からまた離れると今度は、片手で私の手を一つに縛った。
状況が掴めないままでいる私を無視して、間髪入れず私の唇を激しく奪ってく。
耳も、首元も。
そして、
「あっ、速水さん!」
待って。
――――私の服に侵入してくる彼の手。
よりにもよって、冷たい私の肌。
温かい彼の熱が余計目立った。
私のお腹をそれがつたい、私の口をふさぐようにまた激しく彼は奪う。
漏れる吐息、熱。
恥ずかしい声が度々漏れて、どうしたらいいか分からない。
しかしそれが上にのぼろうとした時、不自然にそこで動きが止まった。
それどころかパッと彼は手をすべて離す。
「これで分かっただろ、市田。」
「え?」
「…あのまま寝てたらよかったんだよ。
そしたら、俺から逃げれたのに。」
そこで速水さんは優しく微笑むと、
「ごめんな」
私の頭を優しく撫でた。
「先寝ていいよ。」
そうして私に布団をかけて、一人脱げだしベッドの淵に腰かける。たばこを吸いに行こうとしてるのか、傍に置いてあったボックスに手をかけた。
違うのに。
「速水さん。」
「ん?」
彼は視線も寄越してくれない。
私、速水さんが思ってるほど……
「純粋じゃないのに。」
「え?」
思わず振り返ってきた彼を見逃さずに、私は彼にキスする。
私が顔を離すと、速水さんはたばこ傍に口をぽかーん。
「私、速水さん以上に今日こうなること期待してたんだから……。
さっきだって、速水さん本当に寝たのかと思って。」
「うん、分かった。
わかったから。」
それ以上何も言うなとばかりに止めに入る彼に遠慮せず、私は続ける。
「だから、もっと。」
きゅっと彼の服を掴んだ。
「……もっと、愛してください。」
「……ばか。」
彼はポスっと私の肩に頭を預ける。
「やっぱ市田に叶わないなぁ。」
「え?
それにしては、さんざんいじめてるくせ。」
「だから、あれは愛情表現で。」
不満顔をみせながらも、結局最後私たちは顔を見合わせてくすくす笑う。
「市田、大好きだよ。」
「うん、知ってる。」
何だそれと笑う彼に、私はその日身を預けた。
いつもならそう髪を乱されて嫌がる私だけど、
今日は髪をおろしてるし、
それに例えメイクを落とされよーが、
はたまた泥団子をぶつけられよーが今だけは平気な気がする。
「へへっ、嬉しいなぁ。
速水さんがやきもち妬いてくれてる。
大好きだって言ってくれてる。」
「大好きだとは言ってない。」
「ほっぺた赤いですよ?」
笑う私に
「うるさいなー。」
と戸惑ってる速水さんは、からかわれて困ってるいつもの私みたい。
「私も速水さんのこと大好きですよ。」
「はいはい。」
軽くあしらって、良い匂いを漂わせてる鍋の様子を伺う彼に、つれないなぁと私はお皿を出す。
私たちって、絶対片一方ずつでしか素直になれないよね。
まぁだいたい私がそうなんだけど。
「はい、速水さん。」
彼に茶色の小皿を差し出した。
「…なに?」
手は素直にそれを受け取るが、顔は物凄く嫌な表情。
たぶんまだ私が口元をにやつかせているから。
「べっつにー。」
速水さんをからかうの、はまっちゃいそうだ。
「しかし、夜が楽しみだね。」
「え?」
お皿を持って、テーブルに並べようとしていた私に変に彼は含み笑いをしてみせる―――なんか……嫌な予感が。
「俺のことからかって、覚悟はできてるんでしょ?
市田ちゃん?」
「……ふぇ!?」
形勢逆転。浮かれて、速水さんのことをからかった私だけど、なんてことをしてしまったんだろう。すっかり今が夜だってこと、そして速水さんの家だってことを忘れてた。
「こ、これ机に持っていきますね。」
「うん、俺も鍋持っていくから。」
彼はがちゃりとガスを切る。
「は、速水さん?」
「ん?」
不自然に笑顔を見せる彼。
「ゆ、許してくださいって言ったら…」
「ん?」
なに、市田ちゃん?とわざとらしく聞き返してくる。
「や、何でも。
へへー、お鍋楽しみですね。」
だめだ、今は話を逸らすことぐらいしかできない。
あーあ、調子乗ってからかうんじゃなかったや。
そうして食べたお鍋から、出てくる若干の汗には他意も込められてそうだった。
そんな、甘い甘い夜は夢のように一瞬で。
いつの間にやら寝てしまっていた私は、
カーテンから洩れるわずかな光と、
ちゅんちゅんと可愛らしく鳴いてる小鳥たちのさえずりでぱちりと目を覚ます。
私の家じゃない、速水さんの部屋。
ベッドも、壁も
いまとなりで速水さんが寝てるってことも。
この状況なにもかんも、私にとって非日常。
だから、もう一寝入りしてもいいけど、
寝るのはなんだからもったいなくて。
まだ彼が寝てるのをいいことに、私は頬に手をのばして優しく撫でてみる。
まだちょっぴり眠いけど、
速水さんよりも早く起きれて私は幸せだった。
そうして迎えた、次の日の朝――――…
ちゅんちゅんと鳴く鳥の声も聞こえてきながら、
目を開けて、
一番最初に視界に入ったのは
「…おはよう。速水さん。」
私の隣で、まだすーすー音をたてて良い子にして寝てる彼の表情。
私に身を寄せるようにその顔は私の近くにあって、
「ありがとう、一晩中腕枕してくれてたんだね。」
いつの間にか寝ちゃってた私は、彼の頬を優しく撫でる。
昨日はあんなにも私をドキドキさせてくれちゃった張本人だけれど、
こうして寝てるところを見てるとどこか幼さも感じられて、
愛しいってこういう感情なのかなって私ははじめて知る。
気を許してくれてんだなって嬉しくなってるんだろうね。
私はもう一度彼の頬を包み込むようにして撫でた。
そうした次に、なんかさっきからちょっと寒いなぁって思ってると、
「っ。」
当然といえば当然なのかもしれないですが、私は何も服を身にまとってなくて。
ベッドの下に落ちていたり、
布団に紛れていたそれらを手さぐりで見つけるとしずかーに一つ一つ身に着けていく。
起こさないように、
ばれない様に、ね。
ただ、どうしてもショートパンツだけが見つからなくって、
寝ている速水さんを横目に探すのだけれどどうしてもない。
速水さんの下敷きになってるのかなぁ~と、
ちょっと布団を剥ぐって見たがそれも違う。
そんな甘いあまい夜から2週間――――
1か月の間兼任してきた下の部署でのお手伝いも無事終わり、
現在の私は予定通り商店街のイベント企画に取り掛かり中。
明日から週末の金曜日の今日、
長嶋さんを含めた4人の先輩に囲まれる中で会議をしてた私は、
「市田、来週もするからね。
期待してるぞー。」
「頑張ります…!」
かなーりへとへとでございます!!!
迎えた、次の日の朝――――…
ちゅんちゅんと平和にさえずる鳥の声も聞こえてきながら、
目を開けて、
一番最初に視界に入ったのは
「…おはよう。速水さん。」
私の隣で、まだすーすー音をたてて良い子にして寝てる彼の表情。
身を寄せるようにその顔は私の近くにあって、
「ありがとう、一晩中腕枕してくれてたんだね。」
いつの間にか寝ちゃってた私は、彼の頬を優しく撫でる。
昨日はあんなにも私をドキドキさせてくれちゃった張本人だけれど、
こうして寝てるところを見てると
どこか幼さも感じられて、
愛しさを覚えずにはいられない。
気を許してくれてんだなって嬉しくなってるんだろうね。
「幸せだなぁ。」
思わずこぼれ落ちた言葉に、これ以上こうしていると起こしてしまいそうなので、私は服を着ることにする。
というかさっき気づいたんだよね、いま服何も着てないってことに。
それだけ暖かくなってきてるってことかな。
(気づいてたらもっと早くに服着てたよ。)
ベッドの下に落ちていたり、
布団に紛れていたそれらを手さぐりで見つけるとしずかーに一つ一つ身に着けていく。
起こさないように、
ばれない様に、ね。
ただ、どうしてもショートパンツだけが見つからなくって、
寝ている速水さんを横目に探すのだけれどどうしてもない。
速水さんの下敷きになってるのかなぁ~と、
ちょっと布団を剥ぐって見たがそれも違う。
「あ、そういえば
来週うちの部署、本部から一人寄越されるんですよ。
市田さん知ってました?」
「ううん、初耳。
うちの部署はそういうのないから。
異動ってこと?」
「いや、1か月だけみたいです。
出張でいいのかな?勉強しにくるみたいで。」
「へえ~。」
話を聞きながら、私は紙コップを5つ取り出す。
「それが速水先輩の同期みたいなんですよ。
一色 司さんっていうすごい仕事ができるヒトみたいで。」
ってことは、長嶋さんとも一緒ってことだよね。
「僕か木野さんがついて回るらしいです。」
「そうなんだ!
それは……緊張する、ね?」
ですと答える内川くんの笑顔は若干強張っていた。
「僕なんかまだまだなんで。
逆に勉強になります。
まぁ先輩と一緒に仕事ができる感覚だって思ったら、すごいありがたいことだなって思うんですけど。」
「うん。」
私はコーヒーを順々についでいく。
「でも市田さんも頑張ってるなら、なお頑張らなきゃですね!
やる気でてきました。」
「そう?」
話聞くぐらいしかできることなんてないんだけど。
「はい!」
彼は私に嬉しそうな笑顔を向ける。
「じゃぁ僕戻りますね。
たぶんそろそろ先輩が見つけに―――」
そう内川くんが椅子をたった途端、
「内川。」
「あ。」
何てタイミング。
速水さんが給湯室に彼を迎えに来る。
「」
開口一番、速水さんは思いっきり意地悪なカオで私をみる。
「き、聞いてたんですか?」
「うん。
市田ちゃんがちゃんと誤魔化せれるかなって。」
悪い娘になったもんだ、するっと嘘をついて。
「嘘は言ってないですもん。」
仕事のこと“とか”って言ったから。
とかにはもちろん速水さんのことが含まれているわけで。
「はいはい。」
コーヒーありがとね。
彼は車を発進させる。
「今日、泊まってくんだろ?」
本通りに出て、速水さんは聞いてきた。
私もそのつもりだったんだけど……
「んー、どうしよっかな。」
速水さん、意地悪だし。
「とかいって、
この間ちゃっかりお泊りセット置いていったくせに。」
「そりゃ、う゛ー」
何も言えない。