登場する人
直人 26歳
倫子 24歳
遠距離恋愛
その後のふたり
※別タイトルにて、他サイトでも公開させていただいております。
Apr
あなたと出会ったのは、そう、この季節だったね。
春は出会いと別れの季節なんていうけど、
幸いにも出会いだったの、私達にとっての春は。
まだお互いの事よくわかっていなくて、
どんな人かも、
どんなことを経験してきて、
どんな人と恋をして、
どんな人と別れて、
どんな人と喜んで、
どんな人と泣いて、、
これっぽっちも知らなかった私達だけど、
はじめて、私達お互いのこと分かったのは、
あなたが「おふざけ屋さん」ってことと、
私が「天然さん」ってことだったわね。
May
お仕事、お疲れ様です。
お疲れ様です。
私たちのLINEは毎回そう始まる。
今日どうでした?
今日はちょっと大変でした。
明日の午後、打ち合わせでそちらにお伺いするかもです!
あ、ほんとですか!
お待ちしてますね♪
なんて、、ぽちぽちしちゃって、
うきうきしちゃって。
ピンポーン
初期設定のままの音。
返信はちょっとたってから。
暇じゃないのよって思わせる、
実際返事を待ってるんだけど。
ちょっとした恋の駆け引き。
でも見るのは見ちゃう。
ちらっ……、、
ん!?
「あの……明日、夜ご飯どうですか?
おいしいとこ知ってるんです。」
……あたしのばか。
すぐ既読つけちゃうなんて。
Jun
明日、楽しみだね。
楽しみですね。
初めてのご飯から一ヶ月、私達は水族館へ行く約束をした。
返事を待ちながら、明日の服を決める。
やっぱりスカート? やっぱりピンク?
ちょっと……狙いすぎ?
ピンポーン
彼からの連絡。
いい加減、敬語止めろってばw
10時に向かいに行くから、遅刻しないようにね。
くすっと笑いながら、また鏡の中の自分とにらめっこ。
ピンポーン
ん? また直人かな…?
スカートがいいなぁ、、
なんて言ったら……やっぱりキモイよね
ごめんw
「……もう。」
自然と笑みがこぼれる。
そっちこそ寝坊しないでね。
ばーか笑
携帯を閉じて、
ベッドいっぱいに広げた服をしまう。
ふう、一息。
先月買ったばかりのトップスと、
彼がねだった“それ”を鞄の横に置いて、私は横になった。
July
カラン……カラン
歩くたびに鳴る下駄の音。
人ごみの中、待ち合わせ予定の風水の前、待っているはずの彼の姿を探していた。
「もう少しで、はじまるねー。」
「たこ焼き食べながら見たいなぁ。」
おしゃべりする隣の人の声がはっきり聞こえる。
やっぱり時間ぎりぎりで待ち合わせるんじじゃなかったなぁ、
見つからなかったらどうしよう。
「ごめんなさい…通してください。」
体を縮めて人ごみの中をかき分ける。
花飾りでサイドにとめた髪型が、くずれてしまうのではないかと心配だった。
昨日きた彼からの連絡。
風水の―――カエルが大きな口を開けて、水を出しているところ、、
あっ。
カランカランカランカラン――――――
「お待たせ、 ごめん、ちょっと遅れちゃったね。」
背を向けて立っている彼に声をかけた。
気づいた彼がパッと振り替える。
「あ、いや、うん、ごめん、 もうちょっと早く、待ち合わせたらよかったね。
……ここ来るの大変だったよね?」
いつもより早口……
だった気がした。
「うん、私も、もうちょっと早く待ち合わせたらよかったなぁって思ってたとこ。
もうそろそろで花火始まるよね、橋まで行こっか。
そっちの方がすいてそう。」
「うん。だね。」
歩き出した私たち。
「花火見たことある?」
「お腹減ってる?」
「今日楽しみだった?」
聞きたいことは山ほどあるのに、
他の人の声が邪魔をして、言葉を交わすことができないまま。
前を歩く彼のスニーカーは、サッサッサッと音をたてて、後ろをいく私の下駄は、カランカランと不器用に鳴る。
ただ今は、遅れてしまわないように…。
そう思っていたのに、
「たこ焼きだよ!
あっつあつのたこ焼きだよ~!」
と聞こえてきた、ひときわ大きな声と美味しそうな匂いに、私は目を奪われてしまう。
あ~いい匂い、、
私もたこ焼き食べながら見たいなぁ。
「倫子、ついてきてる?」
「あ!ごめん!」
すっかり屋台に気を取られていた私は、彼との間に距離ができていたことに気が付いて、あわてて駆け寄った。
「はぐれたら大変だからね。」
彼は微笑みながらそう言った。
私と目を合わないまま。
人が多いなあと小言を漏らして、辺りをキョロキョロしながら。
「本当だね。」
そう言う私も、ちらっと彼に目をあわせる程度なのだけれど。
「…あ。」
彼は腕時計を見て、
何か思い出したかのように言葉をこぼした。
「ごめん、会社に連絡しないといけないことあった、ちょっと携帯つつかせてもらもらってもいい? 」
「いいよいいよ! ちょっと隅にはけようか。」
道から外れて、 人があまりいない木の下に移動する私達。
「ちょっと電話してくる!」
電話の妨げにならないよう、彼はもっと奥へはけていく。
見えなくなるまで彼の後姿をぼーっと眺めて、 足元に落ちていた小石を蹴とばした。
コロコロと転がっていって、視界に残るのは裾からのぞいた自分の足だけ。
白と桃色の下駄。
紺色の桃色の花がちりばめられた浴衣に合わせて買った。
はくのを楽しみにしていたけれど、下駄も浴衣も少し後悔。
やっぱり普通の服にするんだった、
動きづらいや。
私はまた足元の石を蹴った。
ピンポーン
かすかに聞こえてきたその音。
ん?私も会社からかな、
巾着袋から、携帯を取り出した。
相手の名前に私は少し驚く。
え、直人?
ごめん、思った以上に
浴衣姿が似合ってて、普段みたいにできないです。
もう、、
私は照れくささから、手で顔を隠した。
「たこ焼き食べながら、花火どうかな…?」
直接聞こえてきたちょっぴり照れた声。
おかしくておかしくて、
「あのね」
隣に来た、彼への耳打ち。
「私もそう思ってた。」
Aug
プルプルプル―――
ガチャ。
「お疲れー。今大丈夫?」
「お疲れさま。
今お風呂出たところだから大丈夫だよ。」
週末、彼との電話。
平均30分。
耳にじかに聞こえる彼の声。
どきどき。
心臓がはねてる。
「明日からお盆休みだね、いつまで帰省するの?」
「んー、明日から4日間ぐらいは、帰省するかなぁ。
倫子は?」
「3日間かな?
もしかしたら、延びるかもだけど。」
スケジュール帳を開いて、予定を確認する。
あー、、最近忙しかったし、
帰省中含めたら、2週間会えないことになるのか…。
「しばらく会えないなあ、倫子に。」
彼の冗談交じりな声。
「ばか」
笑う私。
「なんだよ。最近ばかばか言い過ぎ。」
笑い返す彼。
恥ずかしさをごまかして
ばかと言ってしまう私のこと、彼はお見通しみたい。
「ねえ?」
ちょっと真剣な私。
「ん?」
「……帰省中も電話していい?」
少しの沈黙。
「ばか。
俺から毎日かけます。」
仕事帰り、コンビニに寄って、ビールとおつまみを買う。
大好きな、するめ。
ちょっと辛めのやつ。
「ありがとうございましたー。」
そう見送られて、明るい店内から、街灯ちょっぴりな、いつもの帰り道へ。
カツカツカツ、ヒールがアスファルトをならす。
夜空を見上げて、雲の隙間からわずかに覗いてる三日月を見ながらぷしゅっとビールを開ける。
ごくっ。
一口。
雲にすっかり隠れてしまっている星たちの様子から、明日の天気を予測する。
明日は雨かあ。
そんな風に。
カツカツヒールを響かせる。
ピンポーン
静かな夜道に音が響いた。
たぶん、きっと彼からの連絡。
……うん、やっぱり彼。
お疲れさま。
ごめん、まだ仕事たてこんでて、
今週末も会えそうにない。
9月に入ってどこにも連れていけてなくてごめんな。
また連絡する。
ぐびっと一口。
ふうっと一息。
「ピンポンパンポーン
まもなく電車が参ります。」
最寄駅からのかすかなベルが聞こえてくる。
だんだん近づく電車の音。
私の横をガタンガタンと通過する。
「寂しい。」
ガタンガタン―――
電車が私の声を隠す。
お仕事お疲れさま。
体調に気を付けてね。
私も仕事頑張ります。
また落ち着いたら、会う約束たてようね。
携帯を鞄にしまう。
ビール一口。
ぐびっ。
ふう 一息。
私の横をまた電車が。
ガタンガタン―――。
~♪
彼からの着信を隠して。
Oct
うなだれるような暑さの影は、すっかりなくなっていた。
ピンポーン
あと5分で店つくよ。
先飲み物頼んでていいから。
彼と待ち合わせ。
おしゃれな音楽がかかる喫茶店。
ぬくもりを感じる店内。
レンガ造りの壁に、ヒノキの床。
ぷ~んと香るコーヒーのにおい。
ところどころに飾ってある植物が、ドキドキしてる心を少し落ち着かせてくれる。
既に窓際の二人席に腰かけていた私は、
もう頼んでますよ~なーんて思いながら、砂糖1個入りのコーヒーを一口含んだ。
約1ヶ月ぶりの彼。
隣の席の二人組の女の子たち。
話の内容までは聞こえないけど、表情からするに恋愛話?
店内奥のカウンターに座ってる男女2人組、ちょっとまだ間が空いてる感じは、
まだ会ったばかり?
なんて考えて、心を躍らせてしまう。
携帯で時間を確認、
たまにしてしまう、「彼とのLINEを見返す」という行為。
女の子ならきっとしてしまうそれ。
にやにやしちゃうその感じ。
ちょっとした遠距離みたいだね。
なかなか会えなくて、私は彼にそうLINEを送っていた。
そうだね。
でも倫子となら遠距離でも大丈夫かな。
信頼できるし。
ばか笑
でもあたしはもう遠距離はしたくないかな、、
なんで?
んー、、
「倫子、お待たせ。」
頭上から私を呼ぶ声。
「直人……。」
顔を上げると―――彼。
私は携帯の画面を閉じて、それを机にふせる。
「会いたかったあ。
あ、すみません、コーヒー一つ。」
そばを通った店員さんがかしこまりましたと、頭を軽く下げた。
椅子を引き、浅く腰掛ける。
いつもの黒ぶちめがね、
前髪だけちょっとくせっけで、ふわふわの髪。
光に当たると茶色ぎみ。
落ち着いた雰囲気なのに、笑うと一気に表情は幼くなる。
1ヶ月前とは違って、すっかり衣替えした彼。
秋仕様の薄手の白いセーター、黒のパンツ。
まだ見たことがない私服。
なんでかな、そんななんてことない一部分に少し距離を感じてしまう。
「服、似合ってる。買ったの?」
「うん、倫子と久しぶりのデートだしね。」
ありがとう、かっこいいよ。
思いとは裏腹に
「そっか。」
ただ一言言葉を返して、コーヒーを一口。
恥ずかしさが邪魔をする。
「倫子?」
「ん?」
コーヒーをかたんと置いて、目をあわせた。
彼はにやっと笑って、
私が見えるように足を机の下からのぞかせた。
「服は新しいですが、
今日も相変わらずのスニーカーなのです。」
彼のいつものおどけた口調。
「ばか。」
彼と微笑みあう。
もう3年以上履いているというスニーカー。
もう新しいの買ったら?というのだけれど、「まだ使う。」と言い張る彼。
おかしいかな?
その履きならしたスニーカーで、彼なのだと私は安心してしまう。
「お待たせいたしました。ごゆっくりお過ごしください。」
店員さんがコーヒーを机にかたんとおいて、私達は、会えなかった間にあったことを報告しあう。
LINEを一週間とらないこともあった。
電話もできていなかった。
表情を、
声を、
動作を、
一つ一つを確かめ合う。
「あたしさ、ちょっと不安感じてた。」
私は彼に告げる。
「ん?」
「忙しいの本当なのかあとか。
あんなにくだらないことで笑いあうのに、
あたしたち、お互いのことはあまり話し合ってなかったんだなぁって
ふと思っちゃってさ。」
コーヒーを一口。
彼も一口。
「うん。うん。忙しかったのは本当。
倫子と付き合って、初めての仕事忙しい時だったから、
不安にさせちゃったよね、ごめん。」
「でも俺ね、寝る前倫子の事絶対思い浮かべちゃってた。
大丈夫だよってLINE送ってくれるけど、大丈夫じゃないんだろうなぁとか。
そんな風に強がらせちゃって悪いなぁとか。
早く会いたいなって。」
「うん。」
「俺さ、くだらない冗談に乗って、好きとか言えるけど
本気では言えないっていうか、恥ずかしいっていうか。」
「……うん」
直人はそういう人って分かってるからこそ、彼の言葉に笑いがこぼれる。
「遠距離みたいだねって話してたじゃん?
俺も、ちょっと不安になった。
あ、俺の知らない倫子がいるって。
今まで倫子がどんな経験してきたとかまだ知らないんだなって。」
「うん。」
「だから、今日はとことんおしゃべりしましょう!」
「うん!」
私は彼の目を見て微笑んだ。
「……ということでおかわり!!!」
彼が近くの店員さんにコップをアピールする。
「またおどけるんだから。」
私は笑いながら、彼と同じように店員さんにコップをアピールした。
大丈夫、大丈夫。
この人となら、きっと、、大丈夫。
私は心にそう言い聞かせた。
まだ告げれていない過去に封をして。
Nov
ピンポーン
音と共に降りてきた、数人乗れるほどのエレベーター。
中に入って、6階のボタンを押す。
……緊張する。
私は今日彼の住むマンションに遊びに来た。
10階建てのマンション、茶色のレンガ模様なおしゃれな外装。
私のアパートからそれほど遠くなくて、2駅ほどのところにある。
今まで何度か彼の家にお邪魔させてもらったことはあるのだけれど、
彼の家が”デート場所”というのは初めての事だった。
ピンポーン
他の階にとまることなく、6階に到着。
エレベーターを出て、すぐ右に曲がる。
1つ、2つ、他の住人さんの部屋の前を通り抜ける。
3つ目を過ぎて、彼の部屋。
一番端っこの彼の部屋。
インターホンを押す。
「今開けるね。」
「うん。」
到着する前連絡しておいたからか、名前を言わずとも私だと分かったらしい。
ばたばたと彼の足音がかすかに聞こえてくる。
彼を待ちながらじっとその数秒が待っていられなくて、塀から顔をのぞかせ下の公園をのぞく。
ブランコと滑り台、それだけしかない本当小さな公園。
ガチャ
「いらっしゃい。」
「あ、お邪魔します。」
「何?また公園?」
すぐに振り向いたのにバレてしまったみたいで、彼はおどけた口調でそう言った。
「子供がね、ブランコ漕いでて。
直人とああやって、前ブランコこぎながらお話したなって。」
履いてきた黒のパンプスを隅にそろえる。
彼は相変わらずのスニーカー以外、玄関に出していなかった。
「倫子は公園好きだからな。」
子供だなぁと私をからかいながら、
「もー」とすねた私を
「はいはい。」とさとすのだけれど、
彼はやっぱり優しい人で、
「また行こうね。」と笑った。
「どうぞ。」
リビングのドアを開けてくれた彼に、「座って」とすすめられた私は、黒のローテーブルの左前に座った。
私の家で彼といるときに座る、位置関係と一緒。
「お茶でいい?」
「うん。ありがとう。」
振り返れば彼の顔が見える、対面キッチン。
用意してくれている彼の顔を見て、優しいなぁと思ってしまう。
私の視線に気が付いたのか、見るなとばかりに彼がべーと舌を出す。
私もむっとしてべーと舌を出す。
「ぶさいく。」
「ひどい!」
いつものやり取りに、私は緊張が少しほぐれる。
「あ、映画見ない?」
用意してくれたお茶をテーブルに置きながら、彼はテレビ台から1本のDVDを取り出した。
「なんて奴?」
「ロボットが変身するやつ。」
「あ!好き!見よう!!」
「好きだと思った。」
彼がデッキにディスクを入れる。
でかでかとタイトルの登場。
一瞬、真っ暗な画面がうつり、彼と私の姿がテレビに映される。
ローテーブルの前、同じ辺に座っているのに、隅と隅の感じ。
もうちょっと近くいってもいいかな、
なんて思ってしまう。
彼をちらっと見る。
「ん?」
気づいた彼が私を見返す。
「何?よっかかる?」
本日何回目?と聞きたくなるような彼のおどけた口調。
「もーうるさいなあ。」
「はいはい…」
そういうと思ってましたとばかりの口ぶり。
「ってえ?」
彼が珍しくひょんな声をだす。
「もう、映画が聞こえない!
しー!」
また一瞬画面が真っ暗になる。
私と彼が画面に映し出される。
彼の肩に頭をあずけた私。
彼をちらっとのぞく。
頭を抱えた彼。
「……一本とられました。」
Dec
はぁ……
手をこすりながら、息を吐く。もわもわっと出た白い息。
20時16分、仕事帰りのいつもの道。
すぐ横を電車が抜けていく、街灯ちょっぴりのあの道。
でもそれが私の毎日。
鞄から取り出した携帯の電源を押す。
通知0件。
ついさっき送ったばっかりだから、彼からの返事はまだくるはずないのに。
きっと確認してしまったのは、
今日が24日だから。
クリスマスイブも相変わらずの仕事。
明日のクリスマスも相変わらずの仕事。
本当は明日の夜、彼と会うはずだったのだけれど、
「悪い!夜、先輩から飯誘われちゃって。。
いつもよくしてもらってる先輩だから断れないんだ。
ほんとごめん!!」
なんて昨日彼からごめんなさいLINEが来てしまったから、当然おじゃん。
気にしないで。って送りながらも、
先輩少し空気を読んでください!って正直思いながら、
しょうがないしょうがない。
そう心で自分に言い聞かせる。
でもやっぱりどこかもやもやした気持ちもあって、いつもより足取りが重い私。
通りすがりのカップルを見るたび、重さは増した。
「ただいま~。 おかえり~。」
誰もいない部屋に一人つぶやいて、一人で返事する。
2階建てのアパート、階段を上ってすぐの部屋。
塀からは公園、、ではなく、いつもの道。
カギと携帯、かばんを置いて、時計を見て。
今日はいつもより帰るの時間かかってるやなんて思いつつ、
冷蔵庫から昨日の夕飯を取り出して、食べる。
もやし炒めとサラダ。
明日直人に会うと思って、ダイエットしてたのになー、
口の中でもやしがシャンシャンと音をたてる。
食べるのはそれだけと決めていたのに、
やけになって、ダイエットだからと我慢していたみかんゼリーも食べてしまう。
帰宅して30分。
通知はまだ0件。
小さな彼への抵抗、携帯にあっかんべー。
彼からの着信音。
すごいタイミングにびくっとしてしまう。
「も、もしもし?お疲れさま。」
少しうわずってしまった私の声。
「お疲れさま。」
電話からかすかに聞こえてきた車の音。まだ彼は家に帰っていない様だった。
「直人どうしたの?」
「あ、いや。あのさ、今何してる?」
「ごはん食べ終わったとこだよ。」
いつもの何気ない電話だと嬉しい気持ち半分、
会えはしないのだとがっかり半分……。
そんな気持ちが彼に伝わってしまわぬように。
「何食べたの?」
彼がずずっと鼻をすする。
「んー、もやし炒めとサラダ。」
「昨日の残り?」
彼がくすっと笑う。
「うるさいなぁ。…でも図星です。」
笑いあう私たち。
「直人は何してるの?」
「んー、ご飯食べてー、
会社から帰ってるとき星がきれいだったからさ、もう一回みようと思って、今散歩してるんだよねー。
倫子もちょっと空見てみ?すっげー綺麗なんだよ。」
彼の時折鼻水をすする音が気になりつつ、
窓をすっと、網戸もすっと…
とはいかず、きーっと音を立てながらあける。
草履をはいて、ベランダ。
空を見上げると、彼の言った通り綺麗な星空。
少しだけ欠けたお月さまも空に浮かんでいた。
「ほんとだ!綺麗~!」
「だろ?」
「だろ?」
電話の彼の声、それともう一つ…
「……え!?」
下から聞こえた声。見下ろすといつもの道に彼。
「埋め合わせに来ました。」
彼が携帯を切って、私に直接声をかける。
びっくりして、びっくりして
でもすっごく嬉しくて……
「ばか。」
私は笑いながら、何度も何度もばかと繰り返す。
黙って笑いながら聞いてくれる彼。
「ごはん食べ終わったとこならちょうどよかったね。」
笑顔の彼。
「…直人、遅いのです。」
すねた口調の私。
「ん?」
「ダイエットしてたのに
直人に会わないと思って、さっきゼリーを食べてしまいました。」
彼がハハっと声をあげて笑う。
「でぶだあ。」
笑いながらのいつもの言葉が、やっぱりうれしくて、嬉しくて。
いつものベランダからの風景が、全く違ったものに見えたのだった。
Jan
ゴーンゴーン。
新年を告げる鐘。
何回なっただろうか、回数が決まってるって誰からか聞いたことがある気がする。
「あけましておめでとう。」
縁側に座り、夜空を見ながら彼を思って呟いた。
「倫子?なんか言った?」
「何でもないよ、母さん。」
「早く、おそば食べちゃいなさい。」
父と母と姉と私の分を、私が小さいころから使っている古びた木の机にカタンカタン。
ゴーン。
また一つ鐘がなる。
今年が始まって、彼と初めて会えるのはいつになるだろう。
話せるのは?
デートは?
手をつなぐのは。
12時6分。
大きなエビ天が入っていたおそばを食べ終わる。
「ほんとあんたは食べ終わるの早いわねー。」
なんて母さんの小言を今年も聞いて、ああ新しい一年が始まったのだと私は実感した。
携帯をチェックして、
12月31日 22時37分
やべー弟に殺されるw
12月31日 22時58分
弟がんばれ!笑
なんて最後にやり取りしたLINEを読んで、
弟さんにいじめられているだろう
彼の様子を思い浮かべ、くすっと笑いをこぼす。
「何笑ってんの、倫子。」
私がくすっと笑ったことに気が付いた姉からの突っ込みに、すっかり携帯をチェックする癖がついてしまったことを自覚する。
「倫子、片付けるの手伝ってー。」
台所からの母の声。
「うん。」
携帯を机に置いて、
音楽番組を見ている父と姉を横目に4人分のおそばを片付ける。
「さあ~寝るかな~」
明日もお仕事だという父。
「電話が来な~い。」
私と同様好きな人からの連絡を待つ姉。
「まったく。」
小言を漏らしながらも、優しく微笑む母。
リビングの電気をかたんと落として、寝室にもう父さん達は寝に行ってしまったから、
お姉ちゃんと二人、真っ暗なリビングで、テレビを。
そのうち「あ、電話だ!」と顔をほころばせながら姉が自室に戻った。
よかったねと思いながら、
始まったウェディングソングを私はそのまま聞いた。
お姉ちゃんの好きな歌だった。
……チッチッチ。
……チッチッチッチ。
時計の針の音で目を覚ます。
「あ、寝ちゃってた。」
つけっぱなしのテレビの端に、2時34分と。
真っ暗な部屋で光っているのは、まだ続いていた音楽番組と、
携帯のぴかんぴかんという通知。
携帯を手にとって確認した。
もう寝た?
1時30分
彼から来ていたそれからもう1時間。
もう寝ちゃったかなあと思いながら、彼へ電話した。
実は初めて彼にかける電話で、内心ドキドキ。
1コール、2コール、3コール……
やっぱり寝ちゃったよね……。
ガチャ
「もしもし?」
「あ、直人?ごめん、もう寝てた?」
「いや、まだテレビ見てた。あけましておめでとう。」
少し眠そうな彼の声。
「おめでとうございます。」
それから始まる私たちのたわいもない話。
今年はどこへ行こうとか、散々いじめられた弟さんたちの話とか。
結局私たちは
明け方までずっとおしゃべりを続けていた。
通話を切って、自分の部屋に既に移動していた私はベッドに転がる。
携帯を枕元に置いて、目を閉じて――――。
ピンポン
明けて初めての電話楽しかったです。
(倫子からの初電話でもあるしw)
今年もよろしくな。
おやすみ。
真っ暗な部屋を
通知の光がぴかんぴかんと照らすのだった。
Feb
その日、私は朝からケーキを作っていた。
ちょっと大人な味のチョコレートケーキ。
「お昼からの天気もこのまま夜にかけて、雪が続きそうです。
さて、今日はバレンタインですが、前川キャスター誰かに貰う予定はありますか?」
「いえ、残念ながら……」
テレビの中もバレンタイン一色のようで、本当に残念そうな顔をしたキャスターの顔を見て、
もらえるといいですね、なんて思いつつ、テレビの電源を落とす。
部屋の電気を切って、カーテンを閉めて、
よし!
完璧にラッピングし終えたそれをもって、私は鍵を閉めた。
今から、直人のおうちへ行くよー
すぐに既読がつく。
は~い。待ってまーす!チョコレート♪
「ばーか」
私は笑いながらそうつぶやいた。
ピンポーン。
彼の家まで電車で2駅。
彼の家に何回か分からなくなるぐらい遊びに来たけれど、
やっぱり彼が出てくるまで、”あれ”をしてしまう。
「今日は、子供は遊んでますか?
倫子さん?」
「みんなチョコレートを貰いにいってるようです、直人さん♪」
二人で笑いながら、
「やっぱり今日も塀から下の公園覗いてるんだから。」
とからかわれた。
ローテーブルに座って、何も言わなくても、お茶を出してくれる彼。
「バレンタインを授けます。」
近くに寄ってきた彼に私はえっへんという口調で声をかける。
「ははー!」
わざとらしく、頭を垂れる直人。
「うわあ、うまそう!!包丁持ってくるわ!」
すぐにラッピングを丁寧に開けた直人がうれしそうに、ケーキを切ってくれる。
「おいしいー!」
そういって笑う彼を見て、
誰かに料理を作ることってこんなにも嬉しいものなんだと知った。
「うん、うまく焼けてる。よかったー。」
直人も私もぺろっとケーキを食べてしまう。
「倫子……」
直人がフォークをお皿に置く。
「ん?」
ちょっと真剣な顔の直人に、私も向かい合わせになって、フォークを置く。
「……これ、誕生日プレゼント。」
「え!?」
彼から手渡されたそれは、
両手で抱えるほどの大きさの赤い袋に入った、プレゼントだった。
「17日誕生日だよね?
当日会えるかわかんないからさ、今渡そうと思って……。」
「あ、あけていい!?」
コクコクとうなずく彼。
結ばれていた白いリボンをとくと、桃色のマフラーが出てきた。
「わあ!!ありがとう!!!
すっごく嬉しい!!」
私はマフラーをさっそく首にまわしてみる。
「似合ってる!?」
「うん、似合ってる、可愛い。」
照れくさそうに笑う直人。
「え、でも誕生日教えてなかったのに……」
「LINEのID、
0217って入ってるから、誕生日かなあ~って鎌かけちゃった。」
「ありがとう……。
直人の誕生日、夜ご飯一緒に食べただけで、何も私しなかったのにごめんね。」
直人の誕生日は夏。
水族館へ出かけた数週間後、付き合うことになった私たち。
誕生日を彼に尋ねるほどの仲になった頃、
既に誕生日の数日前になってしまっていたのだった。
「いいよ、いいよ。
倫子が仕事で忙しい時期でもあったし。
男はあんま誕生日とか気にしないしね。ご飯でも十分嬉しかったよ、俺。」
「でも……」
私はプレゼントしてくれたマフラーを外して、丁寧にたたむ。
「……じゃぁ今年の夏は期待してますね。」
「ん?」
私は顔をあげて、首をかしげる。
「今年の誕生日は一日中、一緒に過ごしてください」
彼は笑って、私の頭をわしわしと撫でる。
彼がくれたプレゼント、桃色のマフラー。
それだけじゃなくって、
今年も彼と一緒なんだーって安心もプレゼントしてくれたようだった。
でも、……ここからが彼の意地悪なとこ。
「倫子がようやく24になってくれたし、
また2歳差ですね。
若者♪」
さっきの笑顔と裏腹な意地悪な顔。
「……もうケーキあげない、残りは持って帰る。」
箱に残りのケーキをしまうと彼にとられないよう、腕一杯に持ち上げる。
「だー!
冗談だってば、ごめんってば!」
「26歳うるさいよ!」
「年寄りはまだ元気なんですー!」
彼の小さな反抗。
でもそんな彼が可愛くて。
ケーキを机に再びおいて、私は直人の肩に体重を預ける。
「あ、ケーキ返してくれるの?」
急に近寄って肩にもたれかかった私に触れず、そう言う彼。
「もうそう言って、
照れくささ隠そうとしなくていいから。」
私は笑って彼の手を握る。
「ばれちゃった……。」
彼もぎゅっと私の手を握る。
「直人と付き合えて、本当私幸せ。
いつもありがとう。」
照れてるのか、何も言わない彼。
「ずっとこうしてたい……。」
彼の甘いにおいにますます溺れる私。
「…………うん。」
彼はぎゅっと強く、また手を握り返した。
その時、もし彼の顔を見ていたら、
何か変わっただろうか。
肩にもたれかかっていた私は見えなかった。
彼がどんな表情をしていたのかを。
Mar
ピンポーン
ごめん、倫子。
今日夜会える?
それは会社でお昼ご飯を取っていたときに彼から来た。
13時。
彼からこの時間に連絡来ることはめったにないから、
珍しいなぁと思いつつ、すぐに返事を返す。
うん、大丈夫だよ?
どうかした??
すぐに既読がつく。
いや、クワズイモ
枯らしてないか見に行かなきゃと思ってw
直人に貰ったバレンタインのお返しなので、
大切に育ててますからご安心なく!
私はおにぎりをほおばりながら、くすっと笑いをこぼす。
たぶん今日は俺の方が早く上がるから、
玄関前で待っとくな。
うん。
と送ろうとして、私はすぐに打ったその3文字を消した。
合鍵の出番じゃないですか?
すぐに既読。
……ほんとだw
私はズボンのポケットに入れていたキーケースを取り出し、
彼と交換したお互いの部屋の鍵を見つめて、
若干にやにやしつつ、またそれをしまった。
19時27分。
直人待ってるかな。
駆け足で私は家に帰っていた。
ビールあとちょっとだったし、買って帰ろうかな、、
目先に見えるコンビニを見つめながら、そう考え、
いや、早く会いたいし今日はそのまま帰ろう、また足を急がせる。
ガチャガチャ
玄関のドアを開ける。
「おかえり。」
いつもならいないはずの彼。
ネクタイを少し緩めた、スーツ姿の彼。
「ただいま…。」
私は靴も脱がないで、彼にそのまま抱き付いた。
「え!?ちょっ。」
彼は驚きのあまり、支えていた玄関のドアを慌てて離してしまったみたいで、
いつもより大きくガチャンと音を立て、玄関がしまった。
「あーあー、お隣さんがうるさいって言ってるよ?
倫子さん。」
そういいながら、抱きしめ返してくれる彼。
「ごめんなさい。」
くすくす笑う私達。
「ほら、俺はまだどこにも行かないから、
靴脱いで、あがっておいで。ご飯作ったから。」
彼はポンポンと頭をなでると、体を離した。
「何作ってくれたの?」
カバンを机の横に置くと、彼がいるキッチンへ向かった。
「カレーとスープとサラダ。
ちょっと冷蔵庫のもの使わせてもらったけど、大丈夫だった?」
カレーをぐるぐるとまわしながら温め直す彼。
「大丈夫だよ。」
私は彼の背中に抱き付く。
「……。」
いつもなら、今日は抱き付きますね~
とかからかってきそうなところなのに、彼は何も言わないまま、黙ってお皿に盛るだけだった。
「いただきまーす!」
食べはじめた私達。
でも美味しいねって最初言い合うだけで、
二人とも食べているときは特にお話ししないからすぐに食べ終わって、
「ごちそうさまー!」
そう二人そろって早々に食事を終えた。
食器を片付けようとする彼。
私は彼の手を上から握って、
「これは私の役目!」と彼のお皿を取り上げた。
私がお皿を洗っている間、彼はテレビも見ずに私を見つめてくる。
「なに?視線を感じます……。」
「俺が見つめてるからです。
倫子のとこも対面キッチンだし、やっぱ顔見えるっていいよね。」
「そうだね。」
片付け終わった私は手を拭いて、彼の隣に座る。
「コーヒーどうぞ。」
「ありがとう。」
彼は持っていた携帯を机に置いて、カップを手に取った。
「最近さ、携帯調子悪いんだよね。」
彼が机に置いた青いスマートフォンの携帯。
「大丈夫なの?」
「なんかさ5分以上電話したら、勝手にスピーカーモードになるんだよね。」
「何それ?」
冗談かと笑ってしまう。
「いや、ほんとなんだよ。やってみる?」
「いやだよ。自分の声聞きたくない。」
それでも試してみようとだだをこねる彼。
いやですーとじゃれあいながら、そのまま私は彼の肩によりかかった。
「……クワズイモちゃんと元気でしょう?」
テレビの横に置いて、育てているそれを見る。
背丈、まだ数メートルほどの植物。
「うん。安心した。
クワズイモほしいって言われたときは、何、それ?って思ったけど、
部屋に植物あるっていいね。」
「でしょ?
でもね、クワズイモはお水がたくさんいるから、
いっぱいあげてるんだけど、葉から雫が落ちちゃうんだよね。
タオルしいてるんだけど、追いつかないや。
まぁちゃんとこれからも育てるけどね!
だから、クワズイモ見に来なくても大丈夫だよ。」
彼に微笑む。
彼が私の手を握ってくる。
「うん。
……でも、あのな、倫子。
俺が今日来たのはクワズイモのためじゃなくて。」
私は笑う。
「知ってるよ。
クワズイモが理由じゃないことぐらい。
それで、何?」
もたれかかるのをやめて、私は彼の顔を見る。
「……ずっと言えなかったんだけど。」
「うん。」
見つめあう私達。
「俺、転勤決まってさ……。」
「え!?うん!おめでとう!
あれかな、前話してたとこ?隣の町の。」
付き合いたてのころ、
希望の部署が隣の町で順調で彼もそっちに勤務したいと言っていたのを覚えている。
「そっかー、、今みたいに会えなくなるけど、
直人がやりたいことなら応援するよ。」
彼の手をぎゅっと握り返す。
「倫子……違うんだ。」
「ん?」
「……なんだよ。」
「え?」
「だから、転勤先……なんだよ。」
彼は私の顔を見ていなかった。
「……ご、ごめん。
私、勘違いしてて。
えっと、それでどこっていったけ?
え?」
「倫子……。」
彼は私を見る。
私は彼を見ない。
聞き間違いじゃないなら、彼が言ったとこは、バスで片道13時間もかかるようなところ。
新幹線でも5時間、お金の都合、時間の都合……。
きっと2、3か月に1回会える程度になってしまう。
お願い、、
聞き間違いであって……。
「○○なんだ。」
あ……聞き間違いじゃなかった。
そっかあ……。
途端に流れる涙。
「り、倫子…。」
何も言わない私。
「1か月前から、転勤の話出てて、
俺は希望しなかったんだけど、期待してるからって言われて断れないことでさ。」
何も言えない私。
できるのは彼の苦しそうな声を聞くことだけ。
「俺は……
倫子とずっと付き合ってたいって思ってる。
だから、
遠距離でとりあえずは頑張ってみないかな……。」
ぎゅっと手に力をこめる彼。
彼の目を見つめる。
真剣な彼の瞳。
この人なら、この人なら、大丈夫かもしれない。
遠距離でも、大丈夫かもしれない。
「すっごく、すっごく、そういってくれてうれしい。」
彼の手をぎゅっと握り返す。
すっごくすっごく好き…。
大好き……。
直人のことが大好き。
「ごめんなさい。」
でもだめなの。
「私は遠距離恋愛は無理です。」
目から出てくる大粒の涙。
何度何度ふいてもふいてもとまらない涙。
「倫子……。」
抱き寄せようとしてくる彼。
「ごめんなさい。」
私はそれを拒んだ。
「ほかの子なら、大丈夫だよっていうと思う。
でも私はもう無理なの。
私、わたし。」
泣いてばかりの私に、
今日は話し合いは無理だと気づいた彼は私の頭をポンポンと撫でる。
「……移動、4月の後半なんだ。
もうちょっと考えてみてくれないかな…。」
「……。」
「今日は、とりあえず帰るな。
また、連絡するよ。」
ガチャン。
玄関のドアが閉まると同時に、クワズイモの葉から雫がぴちゃんと床に落ちた。